広告が憲法を殺す日_Fotor

公平な議論の土俵づくりを〜『広告が憲法を殺す日』

◆本間龍、南部義典著『広告が憲法を殺す日』
出版社:集英社
発売時期:2018年4月

憲法改正の国民投票が現実味を帯びてきました。国会で改憲発議がなされると、次のステップは国民投票。それは2007年に施行された国民投票法に則って行なわれます。しかし同法の不備を指摘する声は少なくありません。

本書では、広告規制に絞ってその問題に迫ります。
民主党政策秘書として国民投票法の起草に関わりその後も国民投票制度の研究をつづけている南部義典と、博報堂の元社員で広告業界に詳しい本間龍の二人による対談形式です。

ちなみに本間は、岩波ブックレット『メディアに操作される憲法改正国民投票』でも同趣旨の指摘・提言を行なっていますが、本書では国民投票制度の研究者と対論することで、より重層的な議論が展開されています。

本書が指摘する最大の問題点は、国民投票運動期間(通常の選挙での選挙期間に相当する)中のキャンペーン資金や広告に関する規制がほぼ無いことです。定められているのは投票日前14日以後のテレビ・ラジオでのCM禁止という制約のみ。南部によれば、それは「言論・表現の自由」という「美しい理想」を表現した結果らしい。細かい規制でがんじがらめに縛られた公職選挙法に対するアンチテーゼなのだ、と。

しかし逆にいうと「カネさえあれば圧倒的な量のテレビCMを放映できる」「あらゆる広告手段を使って宣伝活動ができる」ということでもあります。人間の行動を自由に委ねると、しばしば強い者が勝つという身も蓋もない事態を招きがち。本書ではとくにその自由がもたらす弊害について警鐘を鳴らします。

現行法では与党・改憲賛成派が圧倒的に有利です。その理由として本間は以下の四点を挙げています。

(A)「賛成派は国会発議のスケジュールをコントロールできるので、CM枠をあらかじめ押さえておく(予約する)ことができる」
(B)「スケジュールが読めるので、賛成派はCMコンテンツ制作が戦略的にできる」
(C)「賛成派は広告業界のガリバー、電通とタッグを組む」
(D)「与党は圧倒的に金集めがしやすい立場であり、賛成派は広告に多額の資金を投入できる」

そのような法の下で国民投票が実施されるとどうなるでしょうか。当然ながら、改憲賛成派のCMが主要な時間帯を占拠して、様々なイメージ広告が電波にのることになるでしょう。本間が想定するのは次のような状況です。

すぐ思いつくのは、明るい家庭や友人たちがにこやかに生活しているシーンを見せて、「この平和な日本をこれからも守るためには(発展させるためには)改憲が必要です」と語るものとか、「北朝鮮のミサイル発射映像」を流して「憲法を変えなければこの国は守れません」みたいなものでしょうか。賛成派は安倍首相を筆頭にどうしてもコワモテイメージがあるから、まずはそれを打ち消して浮動票を獲得するために、できるだけソフトで先進的なイメージを作ろうとするはずです。(p116)

映像や音楽がいかに大衆に対して影響力があるかは、ナチス・ドイツの時代に実証済み。そこでは理性的な熟議の過程は軽んじられ、人々の情感に訴えるようなポピュリズムが幅をきかせることでしょう。

気になるのは、昨今、広告代理店やテレビ局の広告審査が「杜撰」になってきていることです。たとえば、通常の選挙では公約は選挙期間中のCMで訴えることはできません。しかし公約まがいのCMが「日常の政治活動」という名目で放送されることが目立つようになってきました。審査部が難色を示しても、立場の強い営業部の言い分が通るわけです。そのような状況は当然ながら国民投票においても想定されるでしょう。

ちなみに付け加えれば、現行法では海外の有力人物、組織が日本の憲法改正国民投票運動のために出資することも可能です。また南部は内閣官房の機密費が賛成を訴える著名人、文化人、御用学者などに流れていく可能性も指摘しています。

そこでCM規制のあり方として、本書では海外の例を参照しつついくつかの選択肢を提示します。南部が提案している改正案が興味深いので紹介しましょう。

まず国民投票運動の支出として一定程度の金額を見込む者に事前の登録を必要とする「登録運動者制」と運動費用の上限を設定する「バジェットキャップ制」の導入を提起しています。
そのうえで「条件付きでCMを認める」A案と「CMを全面禁止にする」B案を示します。前者は、登録運動者の中から両陣営それぞれの立場を代表する「指名団体」を一つずつ国民投票広報協議会が指名し、その団体に限って例外的にテレビ・ラジオのCMを認めるというものです。

CMや放送内容などについて内容を検証・審査するために国会の広報協議会に権限をもたせる案に対しては、南部が「言論活動の規制に関与する機関を国会に置くのはよろしくない」と否定的。そこで民間による「国民投票オンブズマン」の組織化を提案しているのは一つの見識かもしれません。

本書で重要なのは、法改正に関して改憲に賛成・反対に関わらず、戦略的な発想から議論すべきではないことを強調している点にあります。憲法改正はあくまで公平公正な議論をとおして決着をつけるべきだという姿勢が貫かれているのです。国民投票法におけるCM規制をどうするかという問題は、まさしく立憲民主政治の核心に触れるテーマなのです。 

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