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公平公正な熟議のために〜『メディアに操作される憲法改正国民投票』

◆本間龍著『メディアに操作される憲法改正国民投票』
出版社:岩波書店
発売時期:2017年9月

「改憲派」議員が両院で3分の2以上の議席を占め、安倍首相が改憲へのスケジュールを言明したことによって憲法改正の動きが俄に慌ただしくなってきました。突然の衆議院解散表明により今後のことは選挙結果に大きく左右されますが、民進党も憲法改正論議を封印しているわけではありませんから、やはり有権者も改憲にそなえた心づもりをしておく必要はあるでしょう。「護憲派」も単に「改憲ノー」と叫んでいるだけでは事態が好転することはけっしてありません。

国会で改憲発議がなされると国民投票が行なわれます。しかしながら現行の憲法改正国民投票法には致命的な欠陥があります。投票運動期間中の広告規制がほぼ存在しないという点です。そのような欠陥が具体的にいかなる事態をもたらすでしょうか。

『原発プロパガンダ』でメディアによるプロパガンダの影響力を検証した本間龍によるシミュレーションはきわめて具体的。公明正大な議論を行なうにふさわしい情報環境からはほど遠い状態になることが予測されるのです。

改憲派にはまず国民投票の日程を決定できるというアドバンテージがあります。それを逆算して早い段階から広報宣伝戦略に着手することが可能となります。政権与党が改憲発議をするわけですから、当然、政党助成金や企業からの献金など財力も護憲派に比べ豊かです。

「国民投票運動広告」はテレビCMは投票日の2週間前から放送禁止となりますが、「意見広告」に関する禁止条項はありません。最低60日間以上の長期にわたり、あらゆる手段で有権者に届けられる広告は予算がある方が絶対に有利。マーケティング技術は日々進化しています。宣伝広告による働きかけが投票結果を大きく左右することは間違いないでしょう。

とくに電波メディアにおける広告資金量や発注タイミングの差は、圧倒的な印象操作を生む危険性が否定できません。これは国民投票が目指す公平で自由な投票を妨げる大問題であると本間は指摘します。

国民投票の長い歴史をもつ欧州各国では、当然ながら国民投票に関して種々のメディア規制を敷いています。イタリア、フランス、イギリス、スペイン、デンマークなどではテレビスポットCMを原則禁止しているのは要注目。またフランスでは、賛成・反対両派の広報活動を監視する第三者機関が設置されるようです。

……欧州の主要国でテレビのスポットCMが軒並み禁止されている事実は、テレビCMという宣伝媒体の怖さを十分に物語っていると思われる。各国がそれぞれの国民投票における歴史の中でテレビCM規制の必要性を感じ、同じように規制の網をかけている意味を、日本でも十分に検討する必要がある。(p44)

そこで本書では以下のような提案がなされています。

(A)あらゆる宣伝広告の総発注金額を改憲派・護憲派ともに同金額と規定し、上限を設け国が支給する(キャップ制)。
(B)テレビ・ラジオ・ネットCM(電波媒体)における放送回数を予め規定し、放送時間も同じタイミングで流す。もしくは同じ金額と規定する。
(C)先行発注による優良枠独占を防ぐため、広告発注のタイミングを同じとする。
(D)情報内容や報道回数、ワイドショーなどでの放映秒数などで公平性を損なわないよう、民放連に細かな規則を設定させ、違反した場合の罰則も設ける。
(E)宣伝広告実施団体(政党・企業)の討論・ワイドショー・報道番組等へのスポンサード禁止。
(F)意見表明CMも投票日二週間前から放送禁止とする。インターネットのポータルサイトなどでも同様とする。
(G)いちばん高額であり、視聴者、民放各社にさまざまな影響を及ぼすテレビCMを全面禁止とする。

私は何よりも(G)を是非実現してほしいと考えます。細かいルールを作って細かいチェックをするくらいなら、いっそ欧州の主要国並に全面禁止にするのが最も明快ではないでしょうか。この規制が行なわれるだけでもかなり落ち着いた公明正大な議論の土俵ができあがるのではないかと思います。

本間はかつて『原発プロパガンダ』で日本のマスメディアと国民がいかに原子力ムラの広報宣伝戦略にしてやられたかを描きだしました。フクシマでの事故によって皮肉にもようやく私たちはその悪夢のようなプロパガンダを冷静に相対化する契機を得たわけです。憲法改正のような重要な問題で再びメディアの「印象操作」を浴びるような事態を迎えるのは何としても避けたいものです。

ただし広告に規制をかけることは、テレビ局や新聞、出版社にとっては収益減につながる話ですので、積極的にこの問題を提起しているとは言い難い状況です。とりわけCMに企業収益の多くを依存している民放各局がこの問題を大々的に取り上げること考えにくいでしょう。私たち主権者が問題の在り処を把握し、世論を盛り上げていく以外に事態を改善する道はありません。

なお本書の内容は、ジャーナリストの今井一が主宰し、著者のほか田島泰彦、井上達夫、堀茂樹、南部義典、宮本正樹、三宅雪子らで構成する「国民投票のルール改善を考え求める会」よる検討を経て得られた知見をもとにしています。

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