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水没中学校(2-5)

最近は、この「乱飛交」という小説の掲載が終わったら、次なにしようかと考えていました。

それで思いついたのがですね、エッセイ(風小説)っていうのなんですね。これを期間を設定して集中的にやってみようと思います。1つの記事で完結する短編小説ですね。今までこういう風に書いたことはなかったので、自然と別の方法で書かれることになると思います。

まあ、とりあえずまだ「乱飛交」の方は続きますので、楽しんでいってください。それでは。


5.
 中学校の校庭には部活動の声の残りと、色あせた砂。教室の窓はすべて暗く、カーテンがひかれていたが、唯一職員室から放たれる光に、彼女はぬくもりと僅かな不快感を覚えた。
 校門の手前で、少し乱れた呼吸を整える。足の裏がじわりと熱い。夜はすぐ間近に迫り、あらゆる事物を融かし込もうとしている。空にわずかに残る茜色を、藍色が地平線にどんどん押し込んでゆく。仮面の裏側から、人の顔や頭の形を想像するように、雪道に残された小さく狭い足跡から、あどけなささや力強さを見出すように、彼女は夜を想い、待ちわびる。
彼女の足音は秒針の回転だった。現在の瞬間を見過ごし続けるけなげな歩み。その空転を、笑う人がいなかった。
彼女は校舎に、土足で上がった。無人の廊下を、彼女の気配がひとりでに跳び回る。親の目から離れたきままな子供のように。それと同時に校舎全体から、水を吸い過ぎたスポンジのように、空っぽになったにぎやかさだけが滲みだしてくる。
なるべく足音を立てずに階段を上る。天井に近いはめころしの小さな窓に、藍色の空が切り取られている。情けない形になって流される雲の合間に、くっきりとした輪郭を持った月が、偉そうにしている。勝手に自分の場所を作って、占有していたのだ。
四階、彼女の教室のある階。窓の外から入り込んだ弱い光が、教室と廊下をつなぐドアの窓を反射し、にごらせていた。とはいえ、元々、薄汚いガラスだった。クラス札も、机も黒板も、置き忘れられたあらゆる物が、すべて薄い光の中で、見渡すことが出来た。その光の源が、黙るこくる不気味な月明かりか、地上に乱立する街灯か、列をなす車のヘッドライトか、ここからでは分からない。教室は驚くほど見通しが利いた。
彼女は自分の席を見つける。
彼女は靴を脱ぐ。紺色のソックスを通して、足の裏にタイルの冷気がすり寄ってくる。枯れ葉色のベストを脱ぐ。ブラウスの白が薄暗がりに取り囲まれる。静かにボタンをはずしてゆく。さらにスカートのホックを外し、ファスナーを下ろす。床に重なってゆく、ぬくもりを残した衣類の山。下着を外し、靴下を脱ぐ。
彼女が裸になると、すぐ心の中に冷気が吹き込んだ。あまりにも心細く不安で、立っているのも恐かった。予言はとうとう悲鳴を上げ、呪いの言葉を発し始めていた。バラバラになるのも時間の問題だった。
彼女は浅い呼吸をし、おぼつかない足取りで、脱ぎ捨てられた服を跨ぎ、自分の椅子に腰を下ろした。椅子の木面は氷のようだった。彼女の頭の中の予言が、静まり返った教室内に広がる。内側から繰り返し頭をたたく予言は、振動となり、波紋を作った。教室の中は、予言の複写でいっぱいになった。予言は現状を確認すると、すぐに次の手を打った。
彼女の体は、瞬く間に黒い海水に飲み込まれた。
彼女を含め、教室内の固定されていないものたちは、夜を融かし込んだ海の中に浮いた。彼女は教室の窓を開け、わずかな隙間から外へ泳ぎ出た。魚か鳥のように。教室を出るとき、濡れてしまった制服の事を思った。息継ぎはいらなかった。まだ夜は完全に海水と入れ替わってはいなかったからだ。
 

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