【短編小説】生きるには長すぎる人生
うおー。
やんちゃな観衆は叫びたくてたまらない(大声出すのって楽しいよね!)。
北関東罵り合いトーナメント予選。ファイティン、星野ボーイ!
星野ボーイ「私の名前は高野でした」
かわいそう、コーヤ。名前を間違えられていたんだ。ねえ、星野じゃないのに星野って呼ばれるのって、どんな気分なの?
(星野なんて、最低の苗字じゃないか!)
星野が野良犬に食われている。最低だからだ。_白い腹を食い破られて
星野が生ゴミと共に捨てられている。最低だからだ。_虫どもに蹂躙されて
星野が両耳を切り取られ、星野が鼻の穴を使用済みコンドームで塞がれ、星野が酸素を求めて鯉のように開いたお口に汚染された泥を塗り込められて、
星野が衣服を剥ぎ取られ(サービスシーンだよ!)、星野が赤を超えて青くなるまで尻を叩かれ(内出血)、星野が陰唇を蹴り上げられ(キャプテン翼)、星野がちょろちょろ漏れる涙を笑われ(あはは)、星野が髪をめちゃくちゃに切られて路上に打ち捨てられ凍えている(文明開化の音がする)。
厳冬。この近代日本に、貰い手のない保護犬の涙ぐんだ瞳のぬらりとした恨みのキラメキに似た幸あれ。サチアレ。
通行人A「うわ、裸!」
これはAの心の中の声。アンドウでもアンドレでもなく、A。AverageのA。平均化された存在。
通行人A「きたね」
心の中でだけは饒舌に、路傍に打ち捨てられた星野の姿形を形容。
通行人A「触らぬ神に祟りなしってね」
神?
星野もいまや神?
惻隠の情を持ち合わせない通行人Aには放課後制裁を、私の方から。
通行人B「通行人の恥さらしですわね。全国通行人協会(IPC)に報告しておきますわよ」
通行人C「通行人の矜持は無関心の貫徹だろ? もしすべての通行人に人格を認めた日にゃ、小説家の負担てのは指数関数的に増加するだろうよ。通行人みんなが自我を膨らませてみな、一編の小説がぎゃんぎゃんうるさい民主的デモ行進に様変わりさ。いや逆説だな。民主的であるために、急ごしらえの個別の顔が必要になったんだ。もとがのっぺらぼうなのさ。そこへ、微妙に意匠の異なるお面を全国民に配布して、さあ個別の一人づつ、というわけ。GHQよくやったな、て話。
だからその手続をなかったことにするための、原初状態に回帰するための、これから必要なパイプカットだぜ」
人間性のパイプカット?
わからない。
もう聞きたくない! ぺらぺらと、喋り倒して、うんざりだ。
屁理屈屁理屈屁理屈。とにかく、通行人A=悪。以上。ろくでもない相対性をここへ持ち込むことを禁じます。可能性の列挙は愚の骨頂。善性皆無。あいつは絶対的な悪悪悪。殺!殺!殺!
(ねえ、ツトムくん? あたしもっと可愛い小説が読みたいな)
(りょかい)
昔々あるところに、おじいさんもおばあさんもいなかったのでした。平均寿命が今よりも30年も短かったからです。いたのはふてぶてしいおっさんと、卑屈なおばさんと、一本の極太電池駆動バイブレーターのみでございました。大和王朝の三種の神器の一つです。あたくしはタイムマシンを開発いたしまして、そのお宝めあてに過去へ表敬訪問したのであります。ですけれど、途上で交通事故にあいまして、意識を取り戻した暁にはあたくしのアナルに猛烈な違和感。おそるおそる手を尻にあててみて違和感の正体を掴みましたけれど、お察しの通りくだんの樹脂製のブルーの男根が深々と沈み込んでいましたのですからそれはもう、たまげました。
(ツトムくん、きみは頑張ったのね。偉いわ)
(サンキュー)
(明日はもっと可愛くしてね、ほぼサモエドくらいの。ね。おやすみなさい)
悲しいよ。
なぜ?
どうして?
30分が経った。
孔子が偉いのは、70まで生きるつもりでいたことだ。矩を超えず、と。
僕らの老後は、清貧。誇張された夢。未来は暗く、可能性はしわくちゃなワイシャツ(アイロンがけに精を出す人生を幸福と呼ぶ逆説! 平凡に幸せを見出す微笑みの誇り高き保守主義! だがこうしているうちに君の友人が死ぬ。鬱で死ぬ。病院は受診者をまるでシールでも貼るライン作業のように鬱病患者を出荷している。こうしているうちに、君は老いる。老いは君を待ち受けている。なにもかもが手遅れになり、なにもかもが手に入らないのだということを理解させるために君にまとわりつき耳元で言う『すべて無駄だった』と。こうしているうちに、君は加害者になる。安寧を求め続ける優しい顔をした加害者! 自分は無関係だと決め込んで、ひたすら自分勝手な生を全うしようと努める努力家の悪魔だ)
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