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「見た目」はベースメントになり、その先は? 目に見えない「心地よさ」の追求へ

2017年の流行語大賞に選ばれ、2010年代後半、SNSのコミュニケーションの軸となった「インスタ映え」。暮らし・住まいの領域においても映えの影響は顕著に表れ、見た目のスタイルやインテリアの追求が盛んに行われました。アフター映えの2020年代、ライフスタイルが変化し、生活者の中で芽生えた新しい価値観はどのように変化しているでしょうか?空気・匂い・音といった五感を満たす「心地よさ」の追求にヒントがありそうです。今回は、2021年8月に発表したRoomClip 住文化研究所の調査レポートをベースにご紹介します。(※本テキストは、2021年8月に実施されたライブ配信「五感を満たす、『心地よい暮らし』へ。『映え』以降に芽生えた新しい価値観は?」のダイジェスト版です)

・スピーカー:
 ルームクリップ株式会社 住文化研究所 研究員 竹内優、水上淳史

●完全版テキストは文末のリンクからダウンロードいただけます●

見た目が追求された映え時代

【水上】映え時代である2010年代には、暮らしやインテリアの領域においても見た目の部分が追及され、「○○インテリア」「○○スタイル」という投稿が話題の中心でした。

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 そのこだわりは、冷蔵庫の中やシンク下の収納、トイレ、押入れの中など、細部にまで及びます。

【竹内】今まで家族しか見ないようなところに関しても、SNSで見せる話題の対象になったんですね。

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【水上】次の写真のように、DIYによってそのスタイルが実現されるというケースが顕著でした。SNSでは映えを意識した情報交換に価値がある中、プロに頼まず、コミュニティの中で生まれたノウハウを使って自らの手で映える形で見た目を改善していくというのが、暮らしのコミュニティで起こった大きな流れでした。

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アフター映え、暮らしはどう変化した?

【水上】では、ライフスタイルが変化した2020年代において、映えという価値観はどうなったか。

 RoomClip内で「○○スタイル」「○○インテリア」というタグのついた投稿は、2017年以降ほぼ横ばい。「オシャレ」というタグはピークの2019年と比較すると2021年直近では40%ほど減少しています。つまり映えに関連するスタイル、オシャレへの関心は非常に落ち着いている状況です。

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こちらはあるユーザーさんのダイニングキッチンの2015年と2021年の様子です。

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同じユーザーさんでもかなり変化がありました。それはおそらく2010年代後半から2020年にかけて映えというものから、他の軸、新しい価値観みたいなものが生まれて、それに沿って緩やかに変わっていったのだろうというところです。これを「心地よさ」というキーワードで据えられるのではと考えています。

3つの要素から読み解く「心地よさ」

【水上】空気・匂い・音の3つの要素において、いま心地よさが注目されているという状況をご紹介します。

1. 空気

【水上】サーキュレーター、エアコン、加湿器、空気清浄機といった、お部屋の空気を整える電化製品がタグ付けられた投稿は、2016年から直近2021年まで右肩上がりです。

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「エアコン」タグの付いたRoomClip内の写真保存数ランキングのトップ15を見てみると、2016年までの写真は、エアコン自体を自分らしくリメイクする傾向でした。

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【竹内】エアコンがエアコンに見えないカスタムがされたものが並んでいますね。

【水上】はい。映えカルチャーにおける2017年までのエアコンの注目のされ方は、まさに見た目の話でした。しかし、直近2020年以降は、エアコンそのものの見た目にフォーカスした写真はほとんどなくなっています。

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エアコン自体の見た目というよりは、部屋全体を写し、使い方にフォーカスして、どのように心地よい空間を作り、快適性を高めているかという投稿が目立ちます。

 さらに「断熱」というキーワードの検索数も、2017年以降のアフター映えの中で徐々に増えていました。そして、ステイホームによって家で過ごす時間が長くなり、2020年から2021年に急激に伸びました。実際に、夏や冬に家の中の寒暖をより実感した方も多かったのでしょう。

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 断熱においてもDIYで断熱性を高めようという動きがあり、三重カーテン、二重サッシなど、特に日差し対策にフォーカスした投稿が多くなっています。

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2. におい

【水上】消臭・脱臭という意識が2016年以降増加し、2019年以降から定着した様子です。

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 投稿では、コーヒーを使ったDIYなど、香りにおいても自分らしさの追求が行われています。

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 また、トイレの壁紙部分などのカスタム、キッチンのゴミ箱など、アイテム選びにも影響がみられます。

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 さらに注目すべきは「ルームフレグランス」タグの推移で、2020年以降も右肩上がりに伸びています。香りを使って在宅ワークや睡眠の質の向上を狙っている様子が写真のコメントからうかがえます。

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3. 音

【水上】「防音」というキーワードも右肩上がりの推移をしています。

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 椅子の脚カバーや防音マットなどを利用し、躊躇なく音を出せる環境づくりがされています。

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 そして、防音は床から、という動きが非常に顕著です。これは家にいる時間やお子さんが部屋で遊ぶシーンが多くなったことが関係していると考えられます。

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マイナスをゼロに。
そしてその先に、プラスする動きも

【水上】今まで挙げた3つの要素の中で、特に匂いに関するアプローチが非常に示唆的です。消臭・脱臭は嫌な臭いをなくすという動きですが、ルームフレグランスは好きな香りを部屋に取り込んでいます。つまり、マイナス部分をゼロにするという動きが落ち着き、体験の質を上げるためにプラスするようになったということです。

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 空気の場合は寒暖や光の調整、音の場合は防音という形で、マイナスをゼロにしようとする動きが見られます。今後は、空気や音もより良い体験をつくるというアプローチの方向に進んでいくことが予想されます。

 改めてこうして見てくると、2010年代の「映え」や「オシャレ」というキーワードは、五感の中でも視覚に寄った評価基準でした。「心地よさ」の要素である空気・匂い・音は、視覚以外の五感に寄り添った部分です。他者の目線中心の価値観から、暮らしの当事者である自分や家族を中心において、心地よさというキーワードに今注目が集まっているのでしょう。写真から感じられると思いますが、これは決して見た目にこだわらなくなったわけではなく、少なくとも見た目に関しては自分の好きなものが選択できるようになり、そのベースメントの先に生まれたものだと捉えています。

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トークセッションおよびスライド資料を掲載した完全版テキストは、こちらからダウンロードいただけます。