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仲倉重郎「きつね」

ラピュタ阿佐ヶ谷で、仲倉重郎「きつね」 脚本は井手雅人。

釧路湿原で低温科学を研究する独身37歳の大学教員(岡林信康)が14歳の美少女(高橋香織)に恋心を寄せるが、少女はきつねが運んだ菌に感染して難病。男が約束通りにきつねを撃ち殺して2人は結ばれるが、春に別れの時が来て少女は白鳥になり、空に飛び立った。観念的に過ぎるも別れの場面が抜群に叙情的な力作。

一言で表現するならおっさんの美少女偏愛であり、一歩間違えれば犯罪者(笑)そうならないのはおっさんを演じる岡林信康に強度のストイックさが感じられ、世捨て人のような彼が人生の最後に美しいきつねのような美少女に出会ったというお伽話のような歳の差恋愛譚に昇華させている。

人間は死を目前にすると寂しい、哀しい、辛い、全ての感情が麻痺してしまうのだろうか。北の大地の圧倒的な大自然に人間は無力で運命に抗えず呑み込まれる。死ぬことによって初めて自由を獲得できる少女が雨の日、汽車の曇った窓ガラスに書いた「ありがとう」「すき」は最期の言葉。

まるで商業映画には思えないような暗く荒んだ物語であり、荒涼とした北の大地も不治の病に冒された少女も生きる目的を失い魂が彷徨う中年のおっさんも、人生どんずまりのような息苦しい描写が延々と続き、劇場では動員は厳しかっただろうなあ。センセーショナルな映像を以てしても。

主人公は歌手でフォークの神様!ヒロインは公募で選ばれた少女。2人とも演技がはっきり言って棒で(笑)情緒に流されず「岡林信康」というおっさんと「高橋香織」という少女が等身大そのまんまスクリーンに映ってる。湿原や流氷の美しさを強調することも相まってドキュメントタッチ。

主人公の岡林信康は出ずっぱりだから、彼のファンは必見だと思う(←その割に岡林自身が歌う場面も挿入歌も無くガッカリなんだけど)彼のヘタウマ演技と言うか、ヘンに演技しようとせず素のままで動き喋ることが明らかに映画を一定の方向性に向かわせるのよね。感情を揺り動かさない低温演技w

ストーリーはザックリ、釧路湿原に低温研究にやって来た大学教員の男が宿泊先の民宿の娘で不治の病の美少女と恋に落ちる。少女はきつね由来の伝染病で肝臓を患い、男に「きつねを撃って」約束を果たした男は汽車に乗る少女に別れの言葉を貰い、少女は流氷を白鳥のように飛び立った。

37歳のおっさんと14歳の少女の間に芽生えた、こっそりと密かな恋愛感情は、当然だけど実を結ばない。結ばないのだけど、生きる意志を失った様な廃人のおっさんは勇気を頂き、不治の病に冒された少女は人生でたった一度だけの恋愛を髭面の心優しきおっさんと体験し、そして死んだ。

岡林信康と高橋香織の、二人劇場のような作中で存在感を出すのは、岡林が不倫する人妻の三田佳子、岡林を心配して札幌からやって来た同僚の原田大二郎、岡林が勤める低温研究所の用務員の山谷初男、それに香織が人生で初の友人となったが先に死んでしまう老人の浜村純、4人であろうか。

岡林に少しでも、本来なら男性の男性たるべき性欲が見られれば、成立しなかった物語。彼の少女を見つめる目はあくまでも「父親」としてのそれであり、高じて男女の愛情表現に発展してしまうが、根底に流れるのは肉欲に端を発するものではなく、もっと精神に根差した崇高なものなのだ。

少女は私を不治の難病に追い詰めたきつねが憎い。おっさんは少女を冬は休んで春に飛び立つ白鳥になぞらえる。当のおっさん自身は髭面でガタイのよい熊みたいな男で、美女と野獣のように表現もできるし、もっと言えば当地の先住民族であるアイヌを意識したような造形で興味深い。

観終わった後、救い所のないような陰気な物語なのに、不思議な優しさに包まれるのはなぜかと思う。少女は死ぬ前にホントにいい男性と一瞬だけで会うことが出来てそれは父親と重なるような存在で、そこはかと生の有難さや生きてるうちにすべきことを教えてくれるからなのか。

おっさんが少女と果たせなかった約束。オロチョン祭りを一緒に観に行くと言ったのに。人妻の佳子との件は少女に知られたくなかったのに。でも彼女がエキノコックス病と言うきつねを媒介として病原菌が肝臓に達する難病と知り、おっさんは最後の勇気を振り絞って少女を見つめ続ける。

友人の浜村純が死に「私も死ぬんだわ」パニックになった少女の「きつねを撃って」の一言に、生の炎が燃え上がるおっさんは、流氷の中にとてもいるとは思えないきつねを探し出し猟銃で撃った。それが彼女への愛の証。少女の裸身がオーバーラップ、おっさんと少女は身も心も結ばれた。

直後に死の予感を感じ取った少女は、おっさんに「学校の友達に会いたい」とウソをつき、民宿を後にする。乗り込む汽車の窓から曇りガラスにおっさんに読めるように「ありがとう」「すき」と書き、そして少女は亡くなった。おっさんは教会で少女の葬儀に立ち合い、遺体は焼却炉で荼毘に服され、祈りを捧げた。

おっさんは、葬儀に来ていた少女の同級生から生前に残していた自分宛ての手紙を受け取った。もうこの世にいない少女を思い、彼は流氷の前に立つ。冬の間、この地に羽根を休めていた白鳥が優雅に空に向かって舞い立つ瞬間、おっさんは亡くなった少女の面影を重ね、涙するのだ。

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