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高橋陽一郎「水の中の八月」

国立映画アーカイブで、高橋陽一郎「水の中の八月」 原作は関川夏央。 脚本は加藤正人。

 千葉木更津の工業地帯に住む高3の少年(水橋研二)は、転校生の美少女に片想い、でも彼女は水泳部のエースに片想い。何もできそうに無い夏はチャリで円を描きながらカウントダウンして終わりを告げた。青春の切なさを少年の心象風景でフィルムに焼き付けた傑作。

十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、何も起きねえwザックリ言えばそんな映画である(笑)高3の夏はもう二度と来ないのに、これから就職したらしたで、受験勉強すればするで、モラトリアムが中断する前の折角の夏なのに何もできなくて水の中でもがき続けるだけの水橋少年。

観終わった後にしばらくしてからジワジワと来る不思議な感覚の作品で、どうやら観てる時は完全に画面に没入してたらしいwクライマックスは水橋がレイコにフラれる場面、と言いたいところだけど、本作は熱い夏休みの物語だから、その終わりを告げる衝撃のカットに痺れた!

最近、「日曜日は終わらない」「月光の囁き」そして本作品と、水橋研二主演作品を3本立て続けに観て思った感想「スゲエや水橋さん、彼が登場するだけで映画が水橋カラー一色に染まっちゃうじゃん」背格好、喋り方、動作のいちいちが個性的で、彼を中心に世界が回ってる。

水橋研二の凄さは、彼がいることで映画になる、例えて言えば内田裕也のような圧倒的なオーラなのだが、違うのは「陽」じゃなくて「陰」、「あけっぴろげ」じゃなくて「引きこもり」どうにもマイナス方向に凄く引力を感じる、90年代ならではの主人公の典型だと思うのです。

映画の舞台は房総、木更津辺りと思われる。新日鉄の君津製作所がドンと聳え立ち、周辺の海ではまだ沿岸漁業が細々と続けられているような、工業漁業混在の町。ここで生まれ育った人のうちどれだけが先祖代々この町に住んでいるのか。新参者を受け入れ易い町に見受けられる。

モチーフはチャリと泥だと思う。水橋はキレイな格好で水中を泳いで魚になってしまいたいのだが、遠浅の木更津の海は泥水でチャリの足を取られる。大好きなレイコちゃんの名前を連呼する時、チャリは真っすぐに進まず蛇行する。そんな彼の蛇行ばかりのイケてない青春。

高橋監督の凄みは、フィルムで映像を撮っているのに映画じゃない何かみたいな、長回しとは全然違う、バシッとキマッた構図をパパッと切り替えるようなことをせずに一定時間流し続ける、素材はテレビドラマ用なのだろうが映画もテレビも関係無い。彼独特の演出手法だと思う。

画力に圧倒される。物語は最初からあって無いようなものだけどwプロットで語らず画で提示し続けることで、観客が印象として受けるのは、あくまでもスクリーンに映し出された構図なのであって、それが動くことでシャシンが連動していく、映画じゃない何か別のものを観てる。

登場人物は全て、主役の水橋との関係性のみで語られる。父親、姉、転校生で新井に片想いするレイコ、水泳部の友人でイケメンで在日朝鮮人の新井、新井が紹介してくれた筆おろししてくれそうな姉ちゃん、父親の勤務先や初めて行ったエロビデオ屋など、全て断片的な心象風景。

敢えて物語と言えば、水橋を巡る3人の女性の話と言える。大好きな高校の同級生レイコ、新井が紹介してくれたスナックで筆おろしさせてくれそうなホステス、そしてヤリマン姉。水橋に映る女性たちはどこかヘンな人ばかりで、それは水橋自身がヘンな奴だから起きる連鎖反応w

水橋が乗るチャリ、新井が乗るバイク。新井は実家が焼肉屋で金があるのだろう、水泳の実力も抜群で、レイコが転校してすぐに新井にぞっこんになってしまうのも仕方ないことだ。水橋にとっての友人新井は自分には無いものを持っている人だが、新井も持っていないものがある。

若松孝二が一瞬の出演なのにやたら目立つ(笑)研二の父親が専務を務める自動車解体業の労務者で、夜は軽トラの荷台に照明を積み込んで露天麻雀する強者オヤジのリーダー格。研二に声かけるが逃げられ「最近の若いもんは麻雀もしないのか」とボヤく。でも、そこが問題じゃねえだろw

水橋が18歳の記念にレンタルビデオ屋でエロビデオ借りようとしたら「俺がキープしてた奴だ」キレて水橋の頭を思い切りドツく清水大敬に爆笑w水橋がカウンターの主人に「18歳になった記念に一本おまけ」して貰ってるのを聞きつけ「5本借りるから一本サービスして」セコ過ぎw

水橋の父親はブラジルから来日した彼女に夢中で下着姿で踊り狂い会社に行くの忘れるほどのw浮世離れした人物で、姉も男をとっかえひっかえ家に上げ「弟さんですか?」「先に車回して来るから」「背広忘れてますよ」同じ会話を水橋も繰り返ししなくちゃなんないヘンな家庭w

水橋はチャリを漕ぐとき、とにかく必死で漕ぐ。それを並走するカメラが捉え続ける。チャリ漕ぎしてる時だけ、全てを忘れて快感に浸れる。冒頭でカウントダウンしながらグルグル回ったチャリ。で、夏休みが終わっても、やっぱり彼はグルグル回りながらカウントダウンした。

例によってこの作品。「日曜日は終わらない」と同様、プロットを辿って感想を書くような野暮な代物ではない。印象に残る場面場面を散文的に一つ一つ思い出す、そんな趣向で愉しむ映画。だから、私が観終わった後も脳裏に刻み込まれているステキな場面を書き出してみたい。

冒頭で水橋が自宅の屋上のチャリ置き場に姉の差し入れの買い置きしたw弁当を差し入れされ「腐ってねえだろーな」階段を猛烈な勢いでチャリを下ろして、学校に駆け付けプールの前で旋回しながらカウントダウン、そして水の無いプールにチャリで入り清掃し始める驚異の開巻!

水の無いプールに水橋がチャリで入り込み、ブラシを着けてプールの中を旋回し始める超絶カットに「これ、なんかスゲエぞ!」と興奮し始め、ここからラストまで、驚異の必殺カットが何度も炸裂。「日曜日は終わらない」よりプロットは弱いが、画の放つ力強さはこっちが上だ。

大杉漣がヘンなおじさんで登場(ホントに水橋の叔父なのかな?)河川敷に掘っ立て小屋立てて住む大杉は自由人のホームレス。水橋が「おじさん、大丈夫?」心配すると「好きでやってんだ!」全裸で川に飛び込みバタフライで泳ぎ始めた(笑)そんな二人の束の間の友情。

リヤカーでゴミ捨て場に資材調達に行く大杉に水橋も同行。帰り道、大杉が全速力でチャリを漕いでると思ったらチャリごとリヤカーに乗せて水橋が引っ張るギミック(笑)戻ると大杉の掘っ立て小屋は解体作業中でwゴーゴー燃える小屋を捨て「あばよ」去って行く大杉は旅人。

インターハイを賭けた予選会。新井は水橋に「レイコにいいとこ見せろよ」わざと負けると約束して本気出して一着www水橋も自己新記録は出したのだ。レイコは「私のために頑張ってくれたのね」思わせぶりに声かけた。勘違いしちゃうじゃない、これは脈があるかもってw

レイコが好きなデート場所、それはタイヤが積み重ねられた無機質な表情の公園。レイコはタイヤの山に登り水橋に「ねえ、新井君に私が好きだって伝えて」ホントはレイコのことが好きな水橋。うず高く積まれた山は、レイコの病理の山であり、水橋の恋の病の山でもある。

新井は夏休み、すっかり自宅でふて寝モードの水橋と違いw代表選手としてインターハイに参加。でもスタートがフライングであっさり失格。それをテレビで観ていた水橋。熱い夏の日差しを受けながら思った「あいつ、戻って来るのか」レイコを巡り、頭によぎるイヤな予感。

バイク乗りの新井とチャリ乗りの水橋が会話する何気ない場面。いつもは引き潮のはずの海が満潮で、電信柱が水の中に沈み、海面スレスレで会話する二人の思春期特有の心の揺れと言うか微妙なストレスを感じる。そんな二人を優しく包む夕焼けの暖かな色合いがマッチしてイイ!

新井が紹介してくれたコリアンスナック?のホステスは、二人きりになると水橋に「パンツ、新しいの履いて来てね」と囁き、次に会った時にお尻をプリッと出してパンティを顔に近づけ「ヒレ付いてない?」これは彼女なりのまだ童貞でウブな水橋に対する近づき方だった。

水橋がホステスのケツに顔を近づけてしげしげと眺めながら「ヒレなんか生えてませんよ」に爆笑wwwそこまで冗談通じない奴だったんか!ホステスは激怒して水橋を店から叩き出すが彼はキョトーン( ゚Д゚)恐らく彼は魚になりたいと思うから、ホステスも同じだと信じたのだw

水橋が夜のプールで泳ごうとチャリで学校に乗り付けると、門は締まっていた。ヨイショ、と乗り越えて校内に入った水橋、チャリどうしようか、と見返せば「門、半開きじゃん!」そんな経験、あなたもありませんか?水橋は、ちょっと学習することができたんだよね、ここで。

チャリで爆走する水橋が熱い夏を乗り切る方法。散水車の後ろにピタッとくっついて放水のように水を浴びる。屋上のチャリ置き場に寝転がって、水を貯めたビニール袋に穴を開けてシャワーのように水を浴びる。夏は熱い。渇いて水が欲しい。彼の心は渇き切っているのだ。

新井はイケメンだしスポーツ万能だし、水橋の恋もアシストしてくれる基本スゲエイイ奴なのだが、レイコが新井に惚れてしまってるからややこしい。新井は「外国人だから俺に気があるんだろ」気休め言い、水橋もレイコに向かって新井のことを「カッコよくないだろ」とか平気で悪口言うw

水橋の自宅には水槽があってメダカが泳いでる。水橋は時々、水槽を眺めて自分が水槽に入ったような気分でプールでモヤモヤ泳ぐ。新井のように才能の塊じゃない。ダメな奴は所詮ダメ。彼の劣等感は新井との交流を通じてますます酷くなり、レイコの件によりそれが増幅した。

レイコが水橋を遊びに誘い、行って見ると砂浜に鳥居だけがドーンと建っている、こんな場所、リアルにあんの?とびっくりだが、もっとびっくりしたのはバイクで新井も来てた(笑)チャリの水橋、バイクにレイコ乗せてタンデムで疾走するのを必死こいて漕ぐ姿が可哀想w

ヒキで、展望台で仲良く海を眺める新井&レイコと同じフレームの右下方に豆粒大にチャリで展望台に向かう水橋を入れるの、残酷すぎ(笑)新井は水橋が到着した途端「何も見えねえな」と去って行く。この時点で思うんですよ、新井、レイコには全然気が無いんだろうなって。

ところが夜の廃屋、チャリで通りがかった水橋は新井のバイクを発見!堪り堪ったものが堰を切ったように溢れ出し「この野郎!」新井に殴りかかる水橋。夜は満ち潮で泥になった足元に転げ、どろどろの水橋は完全なる敗者の姿そのもの、彼にとって勝負の八月は終わった、のか?

水橋が自宅屋上のチャリ置き場にさしていたボロい日傘。彼はチャリ漕ぎながら日傘をさしてコンクリの斜面を突入し海に入っていく。ひょっとして自殺?いや、海と言うほど深くない。ここは房総でも遠浅w日傘は海に流れ泥にハマり転倒するだけの水橋のイケてない姿があったw

水橋の家庭、ヤリマンで男を次々に変える姉は逝ってヨシ!だけど(笑)父親は町内会のリオのカーニバルに夢中で、カーニバルの練習で女ものの下着姿で水橋に「よお!」と言える気さくな人。失恋して落ち込む水橋に相撲を取りに挑みながら「俺、ブラジル人の彼女と結婚する」

水辺の焼肉屋で、新井が窓際に座っている。チャリでやって来た水橋が声をかけ、ヨイショと窓から焼肉屋に入り、新井は「カルビとご飯、一人前ずつ」おばちゃんに声かけた。なんでもない光景。でも水橋には新井の生活環境が色々と分かって来るのだ。彼なりに思う所がある。

まだ水の張ってあるプール。新学期を告げるように新井が水橋に「レイコ、転校したんだってさ」プールで泳いでいる水橋に新井は「名前変えたんだ。ボクヒロシ」朴宏と思われるが、水橋は顔色一つ変えない。ギャグと分かってるのか?全然面白くないよそれ、とまで実は分かり切っていたのか?

転校を繰り返すことで嫌なものは全部捨て去れるとタイヤの山で水橋に言ったレイコ。彼女は新井と夜に逢引きし、夏休みが終わると転校していった。それが新井の朴宏への改名とどう繋がったのだろう?二人は結婚まで考えた結果だったのだろうか?水橋はまだ分からない子供だ。

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