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私とクラシック音楽と新体操

 前回このような記事を書きました。音楽から世界をイメージし、その世界を自分の中で深く解釈することにより、音楽を元にした自分の世界観が表現できる。表現スポーツとも言われる新体操にはかなり大切な作業ですが、最近では技を完成させることに精一杯で、そこまでできていない選手が多いように思います。(私もできていなかった…。)歌詞のある音楽ももちろん素敵で私もよく聴きますが、歌詞のない曲の、歌詞がないからこその深みを感じ取れるような選手が増えたら、もっと新体操は芸術的で面白くなるのではないかと、想像しています。

 さて、音楽から世界をイメージするための訓練に一番適しているのが、「クラシック音楽」だと思っています。クラシックと聞くと敷居が高い感じで、音楽をしていないと理解が難しいというイメージがあるのではないでしょうか。確かに私もクラシックを演奏するとなると、レベルの高い知識と技術が必要なように感じます。ですが、聴いて味わうということなら敷居も下がるのではないでしょうか?

 今回は、そんなクラシックを扱った新体操選手の演技から、元新体操選手・現大学院生が勝手に世界を膨らました話をしようと思います。これを読んだ皆さんも、ぜひ私とクラシックと共に世界を膨らましませんか?

エフゲニア・カナエワー幻想即興曲

 まずは、ロシアのエフゲニア・カナエワリボン(2011)で、音楽はショパンの『幻想即興曲』です。カナエワ選手は当時の絶対的チャンピオンで、翌年2012のロンドンオリンピックで優勝しています。

 この曲、ショパンの有名作の一つですよね。序盤のメロディー?になるフレーズ、鍵盤を行ったりきたりしている部分、繊細な上に激しさも感じる好きな部分なのですが、ここのカナエワの動きを始めてみた時に度肝を抜かれたのを覚えています。

 この曲、手拍子をするのが難しい。私のような常人の耳ではリズムに乗るのが難しい曲です。特に先述のフレーズは拍子が取りにくいので、ここはどうやって動くんだろうか、曲がバックグラウンドミュージック(後ろで流れてるだけという揶揄を込めた意味です)になるんだろうかと想像していましたが、見事に!曲とマッチした動きになっています。その直後、鍵盤を上から下に下がっていく部分でバランスをしていますが、バランスで体が止まっているのにリボンの動きが曲を表現していると思いませんか。手具は投げたりちょちょっと操作したりという、付け足しのものになりがちですが、ちゃんと手具が表現の一つになっています。

 全体的に、手具であるリボンを繊細に扱っている点と、足のリズムが音と一致しているのが印象的です。この曲を演奏しているピアニストをイメージしているように私は感じられました。リボンで演奏してるみたいです。リボンを体に合わせるのではなく、リボンに体を合わせている姿は、なんだか楽譜上の音符を操るのではなく、やってくる音符に(指や心も含めた)体を合わせているピアニストの姿と重なりました。

 流れるようなフレーズの中にも緩急をつけた表現をするピアニストがイメージできる、リボンという大きな手具の特性を生かした、繊細でありつつも力強い、そんな作品だと思います。

 ちなみに、翌年のロンドン五輪ではレオタードが青からピンクに変わっています。ピンクになると、ピアノの上で舞う妖精のように私は見えますが…個人的には青い方が好きです。YouTubeにあるのでぜひ見てみてください。

ビアンカ・パノバー別れの曲

 2人目は、ブルガリアのビアンカ・パノバクラブ(1988)で、曲はショパンの『別れの曲』です。

 新体操がオリンピックにはじめて参加したのが、1984のロサンゼルス五輪。1988年のソウル五輪は新体操にとっては2回目のオリンピックで、この時まだ団体競技はオリンピック種目になっていません。パノバは新体操の初期の選手で、前年度の世界選手権では史上初の全種目満点(10,00)を出し完全優勝。ソウル五輪でも金メダルが期待されていましたが、予選でのクラブの大技でのミス(当時は予選の点数が半分決勝に持ち越される制度だった)が響き4位。ここで一度引退しますが、その後もう一度選手として復帰し活躍した、新体操界にとって外せない選手です。

 この年に現役引退を決めていたパノバですが、そんなパノバが踊るのが『別れの曲』。この曲は題名の通り、別れの時の切なさを連想させるような雰囲気の曲ですが、下を向くような曲ではありません。悲しみの中にも未来に向かって歩き出すような、前向きな印象を受けることもできる曲ではないでしょうか。

 当時の世界の新体操は、今では想像できないほど体重制限が厳しく、それは選手の体型を見てもわかることだと思います。食事もまともに取れない状況で、それでも当時は誰もやっていないような難しい技に挑戦する。その上「オリンピックで金メダル」というプレッシャーも受けながら戦い続けた当時の彼女は18歳。18歳の1人の少女が、ブルガリアの新体操を背負い戦う姿は脱帽ものなのですが、その彼女が「これが最後」と思って踊っている演技です。

 きっと、彼女の新体操に対するこれまでの思いと、これからの思いを表現するのに、ショパンの『別れの曲』はぴったりだったのでしょう。私の『別れの曲』に対する「悲しいけどどこか前向き」な印象も相まって、彼女の演技からは「大好きな新体操との別れとこれからの人生への期待」が感じられます。彼女の体型から、壮絶な戦いがあったということは容易に想像できますが、それでも大好きで、そんな大好きなものとの別れまでも、前向きに捉えることができる。1人の女性としての強さと誠実さを感じる演技です。

パノバについてはこんな動画があります。

追記:パノバ選手の一つ目の動画はここでは再生できないようなので、YouTubeで検索してみてください。(すぐに出ます。)また、「妖精たちのふるさと」の動画内で、パノバ選手が私と同じような解釈をしています。(後から動画を見て気づきました。)この動画を見ていただけると、パノバ選手の世界がさらに分かると思います。(45分あるのでお時間のある時に)

皆川夏穂ーHope and Legacy / Asian Dream Song

 最後に日本の選手の作品を紹介します。皆川夏穂フープ(2019ー)で、曲は久石譲の『Hope and Legacy / Asian Dream Song』です。

 この曲は、少し前にフィギュアスケートの羽生選手が使っていたことでも有名です。Asian Dream Songは中学校で歌った合唱曲で知りました。合唱では『旅立ちの時〜Asian Dream Song〜』作詞/ドリアン助川、作曲/久石譲 です。ちなみにこの合唱版は、1998年長野パラリンピックのテーマ曲で、アスリートを応援する気持ちが込められていると言います。

 この曲壮大で大好きなんです!久石譲の音楽といえばジブリ音楽でしょうか。どれも人の心に染みるいい作品ばかりなんですが、特にこれは群を抜いて私の心に染み込んできます。『Hope and Legacy』は、直訳すると「願いと遺産」ですが、『Asian Dream Song』も共に、広い世界を見渡した時に見える景色が感じられるというか、酸いも甘いも経験してきたから見える奥深い世界を表現しているように感じられます。

 この私の曲のイメージと皆川選手は私の中でバッチリはまります。皆川選手は幼い頃から日本の強化選手で、中学2,3年生で全国大会(中学校選手権・ジュニア選手権)2連覇。そのまま単身ロシアに新体操留学をします。リオ五輪出場、翌年の世界選手権では種目別フープで3位(ロシアやブルガリアの強豪国が出場する大会では日本人初)という、言わずもがな日本のエースです。今年で23歳になるので、かれこれ8年ほど、多くの時間をロシアで過ごしています。

 日本にいたジュニア(〜15歳)の頃は、綺麗で大人しくてチャーミングな印象でした。力強さはあるものの、線も細く「おしとやか」な選手だったなと思います。家族や友人の元を離れ、新体操王国ロシアで行う練習は想像以上に苦しものでしょう。言語も違う中で、自分より遥かに上手な選手がゴロゴロいる環境で、自分の意思を伝えることもままならない。そんな苦しさを味わって、彼女もおそらく多くの刺激を受けたのではないでしょうか。元々かなり能力のある選手でしたが、技術がみるみる上達することはさながら、表現力にも磨きがかかって「深みのある」演技ができるようになっています。世界にも劣らない実力をつけていて日本人として誇りを持てます。

 新体操選手は、多くが20歳前後で引退します。日本では、長くても大学卒業の年が引退の目処になります。ロシアでは20歳になる前に引退する選手も少なくありません。かなり体を日常とは違う形で使う競技なので、20年以上競技を続けるのは厳しいところがあります。日本の皆川選手の同期は昨年度で引退していますし、彼女の怪我のことも考えると、競技生活も長くはないと感じています。

 そんな、新体操選手として「成熟」した時期に入っている皆川選手が、この『Hope and Legacy / Asian Dream Song』を使っているのは非常に感慨深いことです。彼女のこれまでの新体操人生をこの演技に乗せているのか、そうであれば引退も近いのか?と、個人的には悲しくもなってしまいます。しかし、ジュニアの頃には見られなかった、彼女の女性らしさ・大人らしさといった、人としての深みが一挙手一投足から伝わってきて、作品のみならず彼女の人生に拍手をしたくなるような作品です。きっとロシアをはじめとする世界で色んな経験をして、今、やっとわかった自分らしさを表現しているんだと思います。

 合唱『旅立ちの時〜Asian Dream Song〜』では、こんな歌詞があります。

微笑みながら振り向かずに 夢を掴むものたちよ 君だけの花を咲かせよう

 合唱曲の歌詞も、どこをとっても彼女に当てはまるものです。単身ロシアで、酸いも甘いも経験した彼女は、きっと彼女にしか見ることのできない広い世界が目の前に広がっているんだと思います。そんな世界を大切に、「夏穂だけの花」を咲かせて欲しいなと思います。

まとめ

 2011年ロシアのエフゲニア・カナエワ、 1988年ブルガリアのビアンカ・パノバ、2019年日本の皆川夏穂の3選手の演技と曲をもとに、個人的な世界の広がりを紹介してきました。時代も国も違う選手たちですが、どの選手の演技もクラシック音楽を足場に、自分の世界観を表現している素敵な選手たちです。私がクラシックを聴くようになったのは、新体操のこのような選手たちの演技があったからです。選手の人間をバックに演技を見て・曲を聴くと、1分半では語り尽くせない彼女たちの思いが伝わってきます。そうやって見ると、もっと選手を応援したくなるんです。

 新体操には他にもクラシックを使った素敵な演技をする選手がたくさんいますし、もちろんクラシックではなくとも素敵な作品はたくさんあります。これを機に、新体操を、クラシック音楽を味わってみることをお勧めします。

 あなたにしか見えない世界の広がりを期待して。


最後まで読んでいただきありがとうございました!

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