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大切なものは目に見えない

 さて、題名にある「大切なものは目に見えない」という言葉は、世界的大ベストセラー、サン=テグジュペリの「星の王子さま」からの引用です。主人公の星の王子さまと友情を結んだキツネが、別れ際に王子さまに向けて紡いだ言葉です。私たち人間は、物事を認識するとき、そのほとんどを視覚に頼ります。『人は見た目が9割』という本もありましたよね。ただ、キツネは「本当に大切なものは、人間の認識の1割の部分にある」というのです。

 今回は、そんな目に見えない1割の部分についてのお話です。

木の根っこが大事だという話

 今回も私の専門である教育からの知見を参考にしてみましょう。学校で勉強するとき、皆さんが一番頑張ったことはなんでしょうか?おそらく「テストでいい点を取ること」や、「先生・親に褒められること」という答えが多く返ってきそうです。成績がよくなることを重要視している方が多いでしょう。テストの点や通知表というものは、教育では「評価」と呼ばれるものです。学校の先生は、子ども一人一人のそれぞれの教科について、「評価」を行います。これは、ただ教師の「カン」でつけるのではありません。度々あるテストや毎回の授業での発言、ノートなど、あらゆるものを参考に評価を行います。評価は“説明できるようにしなければならない”というのが前提です。そのため、口で説明できる部分・特に目で見える部分を評価に使うことが多いです。(最近は、道徳も評価が行われています。さすがに道徳性を数値で評価することはできないので、文章によって評価がなされています。)

 評価は目に見えるもので行われることがほとんど。ならば、教育は見える部分だけ見ていればいいのか?私はそうは思いません。評価の対象にならない部分、ここに人として大切にしたい部分、人生が豊かになる部分が詰まっていると思います。ここで、「学力」について少し触れてみましょう。

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 これは「学力の樹」と呼ばれるものです。(イラスト:ロールパンナ)以下に図の説明を加えると

A学力:テストで測定される知識・技能
B学力:客観的なテストでは測りにくい重要な能力。文章読解力、論述力、表現力、批判的思考・問題追究力…。A・B学力は「学んだ結果としての学力」
C学力:「学ぶ力としての学力」。自発的な学習意欲、知的好奇心、学習を遂行するための計画力・集中力・持続力、コミュニケーション能力…

 私たちが通知表やテストなどで目にする評価された学力は、ほとんどがA学力です。木の葉の部分ですね。B学力の幹の部分も、ものによっては評価することが可能です。C学力は教師が数値によって評価するのは難しい部分ですが…

 さあこの木、大きくなるにはどの部分が一番大事なのでしょうか。言わずもがな、「根」が大事だということには気付いていただけるでしょう。幹を太くするのにも葉をたくさん生やすのにも、「根」がしっかり張っていないと難しいですよね。この「根」の部分は、「学ぶための力」。ここがないとそもそも学ぶ方法が分からないどころか、学ぶというスタート姿勢ができないということになります。その子の中で“学ぶ”という概念がない状態、ともいえましょうか。通知表やテストでは測ることができない、“目に見えない”部分が一番重要で、この部分を身につけることが、その子の人生を豊かにすることにつながるだろうと考えています。

 ちなみに、この「根」の部分、目に見えないから教師は教育の参考にしないのかというと、そうではありません。教師はC学力については数値によって評価はしないものの、その子のC学力を感じ取り、教師なりにアプローチをしています。この部分を感じ取れるのは、教師に必要な素質です。また、このA/B/C学力はそれぞれが独立しているのではなく、全てつながっているということは非常に大事なことなので忘れず明記しておきます。

白鳥のような新体操選手

 白鳥、それは真っ白な姿で優雅に泳ぐ美しい鳥…というイメージを持っている方、多いのではないでしょうか。見た目のみならず、三大バレエ作品の一つ、『白鳥の湖』からもその美しいインスピレーションは湧いてきます。(ちなみに三大バレエ作品、残り2つは『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』だそう)

 この白鳥、「水の中では激しくバタ足している」とも言われています。あの美しい姿は見えないところでの努力があるからこそなんだ、という意味合いが込められていると思うのですが、きっとこの「見えないところでの努力」がなければ、このフレーズはここまでクローズアップされることはなかったのではないでしょうか。

 この白鳥の姿に、新体操選手はよく重ね合わされます。新体操を取り上げたテレビ番組で、「美しさの裏にはー」というナレーションがされているのを耳にしたことはありませんか?白鳥を見て、新体操を見て私たちは「美しい」と思いますが、その美しさは、「美しい」という言葉からは程遠いようなー汗だくで・あざだらけで・髪の毛もボサボサになりながらー努力によってできあがったものです。見た目通りに練習も優雅に美しくするだけでは、あの美しさは手に入らないということです。

 ここでも、結局一番大事なのは「目に見えない部分」ではないでしょうか。ただ見るだけでは見ることのできない世界があるからこそ、見た目が美しくなり、見えない部分での努力によって、その人の新体操生活はより豊かになるのです。

 補足)「優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている」というフレーズは、漫画『巨人の星』に出てくる一説であるが、実際白鳥はそこまで激しく足を動かしているわけではないそう。また、バレエ『白鳥の湖』も、モデルとなっている鳥は白鳥ではなく“ツル”ではないかと言われている。事実とは反する可能性が高いが、ここでは「イメージ」の例として取り上げた。

目に見えない部分を感じることが豊かさになる

 教育の場での“見えない部分”が人間性を作り、その子どもが豊かな人生を送る助けになるということ/“見えない部分”の努力があるから、新体操選手は美しくなり、選手生活は豊かになるということについて考えてきました。両者、“見えない部分”のニュアンスに少し違いがありますが、“見えない部分”を大切にすることで、その人の人生が豊かになるという点では同じだと思います。

 今回、題に採用した『星の王子さま』の「大切なものは目に見えない」には続きがあります。

「大切なものは目に見えない。心で見るんだ。」

 星の王子さまは翻訳者違いでいくつかあるのですが、どの翻訳でも解釈はほぼ同じです。

 「豊かさ」という点で見てみると、最近は豊かさに近い「幸福度」を数値で測ったり、「GDP」(国内総生産)によって豊かさを表すこともあるようです。しかし、私は豊かさは数値で表されるようなものではないと思います。

 現代日本は、高度経済成長期の「量」を求める時代から、「質」を求める時代にシフトチェンジしてもう数年経ちました。最近は(といっても少し前からですが)「ミニマリスト」「シンプリスト」という、モノを持たない方がよいと感じている人も増えています。選び放題といっても過言ではない世界でなお、私たちは豊かさに飢えているのです。また、現代社会を表す言葉として、「VUCA」(不安定・不確実・複雑・曖昧)というものがあります。社会はモノが溢れている上に、モノがありすぎて不安になっているというのです。

 こうしたモノが溢れて安定さを欠く社会の中で、最も信じることができるのは「自分の心」ではないでしょうか。自分が心で感じた真・善・美、そして愛。自分が目だけではなく、心で見えたものを大切にすることが、豊かな生活につながるのではないでしょうか。

 そして私は、「目に見えない、心で見ること」を人生のモットーに、noteを通して新体操選手の・教師として関わるだろう子どもたちの「豊かな人生」を手助けしたいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

〈参考文献〉

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ作 池澤夏樹訳『星の王子さま』集英社文庫、2005

竹内一郎『人は見た目が9割』新潮文庫、2005

樋口聡・山内規嗣『教育の思想と原理−良き教師を目指すために学ぶ重要なことがら−』協同出版、2012

山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』光文社新書、2019

「ハクチョウ」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年9月28日 (土) 06:28 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/ハクチョウ

「白鳥の湖」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年5月16日 (土) 14:01 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/白鳥の湖

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