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ことわざ・がたり  " 正直の頭に神宿る "

はじまり

「どっかに...ないかな」
北 美麗は、検査衣にガウンを羽織って、一階の広い通路をキョロつきながら奥へと向かう。
平日午前のごったがえす通路で、患者たち、看護師たち、そして医者たちも、美麗を見ると息を呑み、見蕩れ、立ち止まり、目で追う。
身長168cm、細身で真っ白な肌に大きな瞳、雑誌から抜け出たような場違いな美人が、不釣り合いな病院着で、いま、整形外科の前を通って辺りを伺いながら真っ直ぐ奥へと歩いていく。
美麗の顔が見えなくなると、見惚れていた人は皆、魔法から解き放たれ微笑みながら歩き出す。

勤め先の健康診断で腫瘍マーカーに異常が見つかり「何かの間違いでしょ」と受けた再検査の結果、日帰り検査入院の通知が届いた。
「私が、んなわけないジャン」と悶々とした日を過ごし、検査当日の今日、目覚めとともにタメ息がこぼれた。気分を上げようと、秋色でお洒落をして、愛車の真っ赤なレンジローバー・イヴォークで、台地の北のはずれにある巨大総合病院に朝一番で乗りつけた。
颯爽と病院に入ったものの、入院窓口のムッツリな男に舐めるような視線でチラ見されるたびに心が萎えていき、ドンヨリとしながらA4病棟6号室に連れて行かれた。
可愛くもない検査衣に着替えて鏡の前に立つと はぁぁぁ 見たこともないドン底の私がいる。大きなタメ息を吐いたところで、担当の看護師から検査まで3時間もあると告げられ、腕時計を見て「えぇぇ」と八の字の情けない眉で、部屋を出ていく看護師を見送ったその時、スマホが震えた。

黒い画面に緑の文字で 警サイに嗅ぎつけられた と仲間のメッセージが浮かんだ。

県ナンバーワンの地方銀行に勤める美麗は、美しい容姿でありながら優しい性格なので、嫌われる要素タップリなんだけど、持ち前の機転で、女たちの羨望や男たちの欲望をさりげなく躱わしながらアーバンライフを楽しむ優等生、に見える。サイバー犯罪マニア というただ一つの欠点を除けば。

「なんで、よりによって今日なのよ」
スマホのメッセージに思わず言い返した美麗は、ドン底のさらにその下にいる自分にタメ息まじりで凹んだ。が、すぐに顔を上げ、考える
『履歴の改竄ははスマホじゃ無理。パソコン どっかにないかな?』
今日に限ってノートパソコンを忘れた美麗は、すぐに6号室を飛び出した。


ざわめく一階の通路を奥へ進み、レントゲンやらMRIやらの区画を左に折れて、採血室を右に折れると、ひとけが疎になった採血室の裏手に、薄暗い小さな部屋を見つけた。半開きのドアの向こうに「あったw」
部屋の隅にパソコンが載った古いOAデスクを見つけた。

謎の部屋で

「早くブロックチェーンから足跡を消さないと」
美麗がこれまでに盗んだ電子資産は数百万ドル。ついこの間も、仲間と狩った悪徳中古車屋の電子資産を、暗号資産でマネーロンダリングしたばかり。その暗号資産の取引履歴を警察庁サイバー特殊捜査隊に嗅ぎつけられた。

あたりを伺って部屋に忍び込み、照明をつけてドアをそっと閉める。
薄暗い4畳半ほどの小さな空間には、誰も居ない。
「ラッキーw」少しも怪しまない美麗。
型古のパソコンに向かいマウスを揺らすと、今日の年月日の入力画面がディスプレイいっぱいに表示された。
「古ッ さッすが病院のUIね」
ESCキーもCtrl+Alt+DELも効かない。何をしてもOSにおちない。
「あら、ふーん」 とりあえずUIに従い、2023年9月8日 と入れるところを 2203年9月8日 と打ち間違えた。

それがログインコードだった。ガチャッと部屋に鍵が掛かる。

突然、美麗は直径1mほどの青い光の筒に包まれた。
「ナニ何なに」怯えた顔でキョロつき光の筒に手を伸ばすと、筒の壁にフッと劇画タッチの女のアバターが映り、怜悧な顔が真っ直ぐ美麗を見つめる。
美麗がサッと手を引っ込めて見つめ返すと、怜悧が澄んだ声で

「いつになさいますか?」

『えっ? いつ? ナニ どうゆうこと?』混乱する頭の中は真っ白。
何も答えない美麗に怜悧は繰り返す「いつになさいますか?」

混乱は続く『看護師向けのアトラクション? ドッキリ…じゃないよね 誰よコイツ? いつって? 大袈裟なパソコンの…予約?』

混乱を止め、取引改竄の目的を優先した美麗は「ええ、今よ」と答えると、それまで表情がなかった怜悧が「えぇッ?」と間抜けに驚く表情を見せた。
のは一瞬で、すぐに怜悧に戻り「戻るのではなく、現在ということですね。では、何を変更されますか?

また色々と意味がわからないけど...美麗は「変更?」とだけ問うと
怜悧は少し疑いながら「あなたの体とか性格とか...ですよ」

『はぁ? なんなのよ…パソコン使うだけなのに、性格変えろってか』
心の罵声とは裏腹に、目的のために美麗は笑顔で
「あぁそうね、じゃあ性格を正直にするわ」
怜悧は驚きながら美麗を見つめ「承りました。ではスキャンします」

「スキャン?」と訝しむ美麗の声は届かず、青い壁が高速に回り始め、
ギュイィィィンという音と共に、無数の青い光が美麗を貫いた...

ハッ と気がつくと、目の前のパソコンにWindows画面が表示されている。
美麗はあたりを見回して腕時計を見ると、病室を出てから2時間も経っている。『えっ!? 気を失ってたの? なんで?』と首を傾げるが『誰かになにか聞かれたような』ぐらいしか頭に残っていない。
「まぁいい、今はそれどころじゃない」
インターネット経由で自宅のパソコンにログインすると、手際良く暗号資産の取引履歴を改竄して、シレッとA4病棟6号室に戻った。


大事件

検査入院から数日後...
初秋の真っ青な空の下、ベトナム料理店のランチへ向かう美麗は、駅前のスクランブル交差点で信号を待つ人たちの中にいる。周りの男性からも女性からもチラ見されるオーラを纏って。
歩行者信号が青に変わり、みんなが歩き出す。
美麗も歩き出し、スマホから視線を上げながら横断歩道をコッチへくる人たちをボヤッと眺めると、

『ん? 何んか…見覚えのある...』 まず心で感じた

周りが騒ぎ出す。「えっ?」「ウソッ?!」「どういうこと?」
横断歩道の真ん中で、コッチから来た人たちも、アッチから来た人たちも、足を止めて美麗とその人をキョロキョロと見くらべて声をあげている。

その騒ぎは、この中で一番驚いている美麗には聞こえない。
二人は、まったく同じ美しい顔、同じ髪型、スラッとした秋色の服も一緒
同じ視線の高さの同じ顔で驚く二人が、見つめ合う。まるで鏡のように。
二人の周りでは、首を振る人たちが団子になっている。

美麗が「誰?」と言いかけたその時、「北 美麗だな」と横断歩道の両側から声が飛び、警官3人づつが両側から二人へ駆け寄った。
その問いかけに正直な笑顔で「はい」と答えたその人を、「えっ?」と美麗が見つめる。警官たちは二人に近づくと、それぞれマークしていた女とは別のもう一人に、全く同じ顔の二人に気がつき、周りと一緒になって首を振り始め、だんだんと困った顔に変わっていく。
「どういうことだ?」「どっち?」「えっ、双子?」

信号が変わった。パッパァァァ パッパッパァァァァ 手前の車が早くどけと横断歩道の人だかりにクラクションを浴びせる。
警官たちはサッと広がり車を手で制すと、警官の一人が吠えた
「暗号資産による資金洗浄と窃盗及び詐欺の容疑で逮捕する」
美麗
は慌てず「何のことよ、知らないわよ」とキッと返すと、
その人「はい、私がやりました」とまたまた正直な笑顔で答えた。
「えぇぇぇ!?」美麗はまた驚きその人をガン見する。
警官たちの視線も、そして横断歩道の団子たちの視線も、そこにいた全ての人の驚きの視線がその人へ注がれたその一瞬、
美麗は青い光に包まれて、その場からフッと消えた。

青い光の中で

秋空の下から一瞬で、美麗は上も下も真っ暗な空間へ、そして青い光の筒に閉じ込められた。
美麗はデジャブを感じながら「何コレ?どこ?何なのよ、前にもこんな...」
とキョロついていると、青い筒の壁にゴッツい男のアバターが現れ、斜めに美麗を見下しながら「テンソウの目的は何だ? お前は何者だ?」
不細工で恐そうで偉そうな顔が睨んでくる。

『テンソウ? てんそう 店装 転送 伝奏 天宗 ...んー、わかんない 圧倒的に不利ね、ここは色々引き出さないと』頭の中で、この意味不明なシチュエーションを解く一手を探す。
美麗は目を瞑り大きく深呼吸をして、ゆっくりと目を開くと不細工へ
「私じゃなくて、さっきのもう一人に聞くことなんじゃないの?」
と睨み返した。対等に。
不細工は「どっちでもいい。性格以外は全部同じだろ」

『えっ、どうゆうこと?同じ? 性格以外は? じゃあ私の...クローン?』

美麗「それ、どういう意味?」
不細工はそれを無視して「ドウジクウのテンソウルールは知ってるよな」

『ドウジクウ?...何なのよ、次から次へと もお』

美麗「知らないわよ」
不細工はサッさと片付けようと「あぁそうかい、じゃあ規則通りに...」
すると画面の外から「ダメですよ、説明責任があります。形だけでも」
と不細工を遮った。不細工は「チッ」と舌打ちして続ける
分子組成情報をスキャンして、送った先で組み立て直す「転送技術」は知ってるよな」不機嫌に

『何…ですって?』美麗は頭の中で叫んだ。

22世紀末、生物の分子組成情報を完全に走査スキャンしてデータ化する科学技術が発表された。元々は食糧問題に終止符を打つ解決策ソリューションとして開発されたこの技術は、原料となる分子材料をデータ通りに組み立てると、元の生物を生きた状態で再現コピーできる。分子材料さえ用意できれば、喰いモノには困らない時代が幕を開けた。世界政府は、各国にあらゆる分子材料の生成を分担させ、その分配の義務を課すと、世界中で起きていた食糧を略奪し合う紛争は鎮まっていった。
コピーは、食糧となる植物や魚、そして鶏や豚や牛などに限られていたが、ある研究所では食糧以外のコピー研究が進み、イルカや猫や犬などからやがて猿へと成功を続け、そしてとうとう人間をスキャン/コピーする実験が行われた。倫理問題の火龍が世界を包んでトグロを巻いたが、その実験の大きな成果のひとつ「記憶も全てコピーされた」に世界は生唾を飲んだ。
この技術の適応範囲を、食糧から医療へ広げられる。世界はそう考えた。

同じ時代に、現在と離散定点の過去を繋ぐD点ワームホールが発見された。研究を重ねた科学者たちは、生物はD点ワームホールを通れないが、分子材料や機械そして電波であればD点ワームホールを通り抜け、時間の壁を越えられることを証明した。
科学者たちは、この技術をタイムマシンへと広げられると、そう考えた。
たとえば、スキャンした自分のデータを電波に乗せて、D点ワームホールを通って異なる時代へ転送すれば、先に送った分子材料とコピー機で全く同じ自分をある時代に再現することができる。つまり、過去へもう一人の自分を転送できるのである。そして、この人がもう一度、過去の情報を持って現在に転送されれば、歴史は次々とつまびらかになっていくのである。
ただし、この時点で現在に2人、異なる時代に1人、多少記憶が異なる自分が3体存在することになる。23世紀(2203年)の現在において、この解決策は大きな倫理問題になっている。

不細工で恐そうで偉そうなゴッツい男のアバターは、転送の歴史を端折って美麗に説明すると
「そして医療への適応で、体の障害はデータを修正して転送することで正常な体を手に入れられるようになった。つまり、同じ記憶を持つ正常なコピーが転送で作られ、そしてそのコピーが本人になる
たとえば、事故で寝たきりになった植物人間に、損傷部分のデータを修正して転送することで、コピーに元の躰を与えることができるんだ。
想像してみろ、同じ顔の身動きできない自分を、同じ顔の健康な自分がベッドの脇で立って見下ろしている場面を。転送技術のおかげで、医療はすでに神の領域だ。ふん、まあその後どうなるかは、だいたい想像はつくよな。

そう、顔の造形や体の機能や病巣そして性格や記憶なんかの変更要求は、人間の願望や欲望そして希望に基づくもので、同じ時間同じ空間の中での転送が通例だ。
だから、同時空にいる同じ人間はひとつに限定する
ってぇのが転送管理局における同時空の転送ルールだ。

わかるよな。 ニヤッ

ごく稀だが、限定に失敗する場合もあってな、ドッペルゲンガーだっけ、まぁ最近はしっかりしてるがな」

美麗は、いま自分が死の淵に突き出た長い板の先端に立っていることを理解した。なんでこんなことに 不味い
美麗「ひとつに...限定って... どちらか一人しか生き残れないってこと?」
不細工は顔色を変えず「うむ、そうだ 知らねぇ訳ねぇよな」
美麗「私がコピーよ。あっちがオリジナルなの」

その時、画面の外からヒソヒソと不細工へ何やら伝言されると、不細工の表情が一瞬で怒りと驚きに変わり
「なんだと!お前、過去の人間なのか! ナゼ なぜあの端末とログインコードを知っていた! それも...お前…犯罪者じゃねぇかぁ!」と吠えた。

『関係ないでしょ』と言いかけた美麗は思い直し
「端末へのログインは偶然です。色々、反省しています」テヘ
正直な美麗を演じた。

怒りの不細工は「偶然で23世紀の転送管理局にログインできるわけねぇだろ! この時代のIT技術でどうやってハッキングしたか知らねぇが、お前さん美しい仮面の下は相当の悪だな」

美麗は諦めずに演じ続ける「ちょっとぉ、私の性格を正直に変更してって言ったのは、アイツなのよ!」

不細工の顔が怒りから薄ら笑いに変わり
「あのなぁ、コピーがそんな要求知るわけねぇだろ。ふん、どちらが残るのが世のためか、もう神様が決めてるみてぇだな」


おしまい


正直のこうべに神宿る [正直な人には、必ず神のご加護があります]


おまけ ダジャレ・がたり

掃除機のコードに紙からむ
法事の香炉で髪焼ける
幼児期のコーラは皆むせる
障子の格子に指おどる


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