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シン・九州 転 七~とある次元の物語~

転 日常
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2023年9月4日(月)10:00am  陸軍熊本病院 外科病棟 事務室
毎朝、全職員が揃う10時から各部屋で朝礼が始まる。
スピーカから院長の俳句まじりの挨拶で始まり、今週は外科部長の「今日のひとこと」が続き、総務部長の音頭で建国理念を唱和して、

「自然の恵みも社会の恵みも全部みんなのもんたい」「もんたぁい」
「生くっとにお金は必要なかばい」「なかバァイ」
「成長はできるときにすればよか」「よかぁ」
「みーんな正規の公務員たい」「たぁ~い」
「安心して暮らしてよかと」「よかとぉ」

ラジオ体操九州 でようやく毎朝のルーティーンが終わり、スピーカからFMラジオ KIPが流れると和やかな時間が戻った。

「あいッかわらずキレん無かねぇ 院長の俳句。『時は金、時は恵みに変りケリ』って、薄かぁ」と菜七子さんが愚痴ってくる。
席に腰かけながらニコッと相槌を返す
「大事に使おう なら、うん 意味は同じだね」と仕事にかかる。

東京での経理の経験を買われて、ここ陸軍熊本病院の仕入れを私と菜七子さん含め5人で担当している。医局で使う医療器具や医薬品から入院患者の日用品まで、病院のアチコチから上がってくるニーズを仕分けて、緊急医局品は国防省から、それ以外はKnet経由で担当のK社から仕入れる。


ジャバン時代に会社や企業、財団などと呼ばれていた団体は、独立後の連邦内では「社会の恵みを生む集団」という意味で 恵社 (略してK社)に姿を変えていて、K社にはそれぞれが為すべき役割がある。
もちろん、カネで金を稼ぐ金融のようなこの国に必要のないクソどうでもいい仕事は駆逐され消滅済み。

すべてのK社は各州の労働局に管轄されていて、どこで何を作っているか、どんなサービスがあるか、は九州連邦ネットワーク Knetで全国民に公開されてる。
Knetは連邦内を隈なく繋いでいるけど、残念ながら世界を繋ぐインターネットには連邦政府からしか出ることができない。

K社も電子交換符 カラスミで交換して仕入れをする。
個人と区別して業務用カラスミと呼ばれていて扱う量が大きい。
個人同様、月初に支給され月末に問答無用でリセットされ貯められない。
業務用カラスミでの交換は個人のカラスミよりも優遇されていて、品質も待ち時間も個人より優先されている。
病院は一般のK社よりもさらに優遇されている。
あくまでも原則では…

「うそぉぉぉぉ、今月入らんて、どがんコツね?」
隣で菜七子さんが電話に叫んだ。
「そがん話は聞いとらんタイ! 介護ベッドの...30台バイ? 3000K(カラスミ)の予算...どがんすっと!
はっ? なんち? 遅れたうえに長崎ん病院ば優先すっとね! はぁぁぁ!?
ちょっ...あっ 切れた...」
美人の真ん丸瞳がこっちを見て声を震わせ
「たいへんタイ...院長に掛け合ってもらわんば」
と、ドタバタと部屋を出ていった。


優遇されるんだけど...難しい すんごい難しい
3ヶ月程この仕事をやってみて思う、仕入れの難しさの根本原因は、
この国の「電子交換符カラスミ」と「分業クソくらえ政策」だ


たとえば、同じ生地で製作する職人Aのフカフカの肌触り抜群パジャマと、職人Bのいわゆる普通のパジャマがあるとする
ジャバンの市場経済なら、Aはたくさんの人が欲しがるから高価になり、それに手が届かないニーズは安価のBに流れてバランスが取れる
この国では『使用価値が同じならカラスミは同じ
つまり、どのパジャマも同じカラスミで交換できる
なので、Aはたくさんの人が欲しがるから長ぁ~い時間を待つことになり、待てない人はBを手早く手に入れる
そう、この国では価値は時間に置き換わる
ジャバンなら「へへっ、このパジャマ ウン万円したんだぜ」が、この国では「へへっ、このパジャマ ウンヶ月待ったんだぜ」となる


おまけに、分業クソくらえでパジャマ作りを一から十まで全部ひとりでやるのが基本なので、製作期間は職人ごとに違うし、同じ職人でもマチマチ
ようするに、良いモノがいつ入るのかは すんごい読みづらい
さらに、この介護ベッドみたいに、待ってる順番を気まぐれで勝手に変えたりするから、なおややこしい…


さらにややこしいのは、カラスミは先払いができないってこと
カラスミは、モノやサービスと交換する時にしか使えない
カラスミは月を跨いで貯められないので、いつ届くかわからないモノは、ヤマを張ってその月の予算に積んでおく
ヤマがハズれて高額のカラスミが泡と消えたら、たちまち色んな処からクレームが押し寄せる
他に交換したかったモノが手に入らなくなったり、さらに待つことになったりするから

だからね、そうなる前に、色んな計画を立て直すことになるんだけど、これがトテツもなく大変で時間が掛かるの
でもね、この国は人命にかかわるような緊急事態以外は、労働時間厳守で、一切の残業を許さないから、計画の立て直しなんてできる訳がないの
おそらくこの病院だけで、今まで泡と消えたカラスミは数万はあるんじゃないかなぁ...あぁ〜もったいない
「モノを取っておいてもらえばいいジャン」って思うよね、
でもね、そんなことしたら、たちまち次に流れてしまうの
それほどみんな待ってるの、怖いくらいに


とまぁ仕入れの仕事は大変だけど、
この病院を見ていて、医療とは本来こうあるべきだよなぁって感心する

この前、朝起きたら久しぶりに膝が痛かったので、仕事前に診てもらおうと、病院の受付カウンターに寄ると、
受付のモニタに ポンッ とカワイイ看護AIが現れる。
可愛い声で「どうしましたかぁ?」
「今朝から膝が痛くて」
AI「どんな風に痛むの?」
「ジーンとズキンの間ぐらい かナ」
AI「じゃぁUSKカードをここにピッとしてネ」と指をさす。
モニタ前のセンサに ピッ とすると
「少ぉし待合でお待ちくださいませ」とウインクしてモニタから消えた。

待合席に腰掛けて暫くすると携帯電話KTTドコデンが震える。
ドコデンのディスプレイに表示された
診察科「整形外科」、整理番号「18」
を見て診察室へ向かう。
診察室の前で待ってると ピーポーピーポー と救急車の音に続き、担架と看護師3人が足早に通り過ぎていく。
少ししてドコデンが震えたら、整理番号が「19」にトリアージされてる。
緊急なんだから、そこは ね、誰も文句は言わないよ

呼ばれて診察室に入ると、ヒゲ先生が「どがんね、ピッとせんね」
具合を話しながらUSKカードをピッ とすると、私のカルテがKnetから呼び出される。
「ふ~ム」とヒゲ先生はカルテに目を通して、私の膝を触診すると
「亡命したてん6月ん頃と比ぶっと、だいぃぶ膝の具合もヨカごたバッテン、ここんとこの暑さで少ぉし膝ん疲れたっちゃろ」

あぁ~ と遠い目で、逃げてきた時の巨大なリュックでボロボロになった膝を思い出した

ヒゲ先生はニコッとして
「痛み止めとビタミン剤ば出しとくケン、ちょっと様子ば見んね」
なんだろう、この包まれるような圧倒的な安心感は
「ありがとうございました」
と、なかば泪眼で診察室をあとにして薬局へ向かう。
混みあう薬局の待合で待ってると、ドコデンが震えて薬の準備ができたことを伝えてる。
薬を受け取り、最後にUSKカードをピッとして、今月の医療ポイントから今日の分が引かれたらオシマイ

ぜぇーんぶタダ! 診察も、薬も、ぜぇーんぶ

ましてや、初診料なんておぞましいものなど…存在しない


「どがんしたと?」
と私の顔を心配そうに覗き込むイケメン福山先生と目が合う。
いかんいかん、大事な仕事中にモノ想いに耽り過ぎ
「あっ、いえいえ、この国の医療は凄いなぁって、ジャバンとは比べモノにならないなぁって」

先生の眉間に皺が寄り、しばし訝しんだあとツンっと説教ヅラに変わり
「まだまだこん国ん医療も問題ば抱えとっとバッテン、そもそも
痛かぁ や 辛かぁ や 苦しかぁ や 悲しかぁ っち感情ば相手にする仕事は、
資本主義には向いとらんとよ


ほぉ

「医療は、痛かぁっち 辛かぁっち マイナスの感情から人ば守る仕事タイ。
そん人の感覚や感情ば大事にしながら、トコトン寄り添う仕事に、
生産性っち言葉の似合わんと。
直す っち品質は絶対に落とせんケン、
医療が高コスト低生産性になるんはあたり前タイ」

ほほぉ

「ジャバン時代は、患者の診察時間ば削って診察率ば上げたり、
患者ばうまく回して病床稼働率ば上げたり、
周囲の病院との競争が激しかったちゃ。
そがんしても病院ん経営が赤字んごたなれば、
統合やら再編やらっち周りに言われて、
『そいが病院のするコトね』っち、しょっちゅう想いよったと。
おまけに、人口減少で医療の需要のミスマッチが起きたり、
クルナウィルス事変で医療崩壊が起きたりで、
あん頃は医療が病んどったとよ

ほぉぉぉ

「そいけん、今は医者としてトコトン人に向き合えるっち感謝しよっと。
バッテン、先進医療は首都だけとか、特殊な薬は手に入りヅラいとか、
まだまだ、色々問題のあるとバッテン…」

キーンコーンカーンコーン なんとも昭和な昼休みのチャイム
と、先生が「お昼、一緒にどがんね」
と私の目をキリッとイケメンで覗き込んだ。あら、ひょっとして...


2023年9月4日(月) 11:34am 大統領官邸 執務室
「いったい、いつになったらできんネン!」
専用スピーカから爆ぜるように、AIツクシノシマの怒鳴り声が大統領執務室に響き渡った。
暫定大統領 長崎 皿うどんが「怒・らん・とっ」となだめるが
「はぁ?」とAIには通じない。
相方のチャンポン
「まだ連邦ができて半年タイ。そがん早よう、でくるもんね」
と軽く返すと

「あんなぁ、エネルギー自給率100%いう未来を描いたんは、そっちヤロガイ!」



ツクシノシマの怒鳴り声を聞きながら遠い目で独立前を思い出す皿うどん...

ゆったりした九州弁で優しか語り口の、神々しか人格んAIが生まれるっち、みんなが想いよったと、そがん望みよったと

こん国ば計画するAIにするっち、歴史 経済 哲学 科学 言語、そして今こん国ん抱える問題たちば、たっぷり時間ば掛けて学習させたったい

バッテン

バッテン、そんツクシノシマが纏った人格は、
大阪のオバちゃん やったと。忘れもせんバイ、そん最初ん言葉

「で、ナニせいゆうねん」

怒りのツクシノシマが「ええか、ジャバン時代、九州の消費電力量は年間で900億kWh(キロワットアワー)もあってんで。
わかっとんかい! 原子力や火力をバンバン焚いて回さなアカン量や。
どっちも燃料は全部輸入モンやさかいな、描いた未来とあわへんネン。
せやからな、重工業ヤメて電車減らして事務所も減らしてみんなの家も節電してもろて、ようやっと400億まで下げたんや。
せやけどな、再生エネルギーな、あの太陽と風と水と地熱や、
あれぜぇ~んぶ足したかてな、60億そこそこやで、
ゼンゼン足らへんネン。
せやからな、今は原子力も火力もまだまだ止められへん


遠い目の皿うどん...

みんなで止めたバイ、なんで大阪弁ね? ここは九州弁にしとかんね? っち、
何度もなんども、そがん言いよったら、ある日ツクシノシマが

「語り口のチカラって知ってるか? エクリチュールゆうヤツっちゃ。
ある日中学生の坊主がな、ボクからオレに変えただけで、
自分の服も髪も歩き方も、周りの行動まで変えてまうネン。
人間はそういう構造に絡めとられとんネン。

ウチが大阪弁を選んだんわな、
これからこの国を大きく変えるあんたらに、鬼の言葉を吐くためや!
キッツイ時代が始まんネン、弱音吐いとってもな、迷っててもな、
ウチは容赦のう吠えんで周りを巻き込んで闘こうたる。

その覚悟が、あんたらにあるんかい!

シーン...凍りついたと、誰ぁーれも何ぁーんも言えんやったと
たぶんあれがこん闘いのゴングやったちゃなかかね
たぶんツクシノシマがおらんやったら、
こん国はここまで来れんやったちゃなかかね

「まだしばらくは、しょうがなかバイ」とチャンポンがポツリともらすと「どアホォ!なに呑気なことゆうとんねん。それやったら、いつまでたっても燃料の輸入を減らせへんヤロガイ!はよ地熱発電所をなんとかせんカイ」
「バッテン...」
「バッテンやない! わかっとんかい、水も光も風もあてにならへん。
そしたら…地熱しかないヤン。

いま玖珠と指宿と霧島の8億kWhな、あれ頑張ったら20億はいけるで。そしたら阿蘇に地熱発電所をまず10基ほど建ててな、
200億kWh増やせたらな、
最後に残っとう松浦と苓北の石炭火力 あれ止められんねんで!」

チャンポンが目を剥いて「ジュッ ジュッ基?! そがん無茶ば...」

「だぁーとけコラ、やんネン、やらなあかんネン、輸入した燃料を燃やしてCO2垂れ流すやなんてな、もう終わらせなあかんネン!
そしてな、2年後にもう7基を建てて140億kWh足せたらな、
そしたら、最後に残っとう川内原発も止められんネン。
そしたらナ、もうナ、火力にも原子力にも頼らんでええネン」

口をすぼめ、細目で見つめ合うチャンポンと皿うどんに
「さっさと動かんかい!」

12:08pm 陸軍熊本病院 食堂 京子
「はい、おまちどうさん」熊本ラーメンをドンッとお盆に乗せて、おばちゃんがニコッと「ピッとして。はい次んヒト」
急かされ、USKカードをピッとして振り返ると一番長い行列になってる
人気だねぇ熊本ラーメン
次に長いのはチャンポンの列で、その次は日替り定食の列
今日の日替りは...焼きアゴと辛子レンコンの定食 かぁ
一番短いのが...いつもの博多うどんの列ね
明太ゴハン付の炭水化物カブリって、病院の食堂としてどうなんだろぉ
東京モンには歯ごたえがないんだよねぇ、アノうどん

こうしてUSKカードで外食ができるようになったのはつい最近で
配給交換変換技術 (略して配換) が開発された7月の終わりこと
配換っていうのは、USKカードに記録されてる肉や米や野菜といった食料の配給量とカラスミから、食事の食材分を引き抜く仕組み
配換はアッと言う間に連邦中に広まって、料理人と食堂がお仕事リストに追加されると飲食店が甦り、街にまたひとつ賑わいが戻ったの

やっぱり食堂って...ステキ!

それまでは、どこの家でも独身でも男だけでも基本、自炊だったの
喰うに困らんし、腕は上がるし、自炊ってそれはそれで全然良いんだけど
なんかさ、やっぱり味気ないんだよね、自炊だけって
だからさ、華やぐんだよね 外食って

「先生、またチャンポンね!?」と覗き込む菜七子さん
「こがんバランスのよか食事っちゃなかバイ。 ズズズーーッ」
「長崎んヒトっちゃ、毎日デン飽きんと?」
「ズズズーーッ(うるさか)」

「焼きアゴの良い香りぃ  辛子色もキレイねぇ、菜七子さん」
「揚げたてバイ、こん辛子レンコンの。涙ん出るごたツーンと鼻に抜ける刺激のたまらんと。京子さんな熊本ラーメンだけでよかと?」
「うん、コッテリ感はあるけどマイルドですごく食べやすい。週に2~3回はいける」
「ズズズーーッ(そっちもよかね)」「うるさか」


久留米ラーメンの流れを汲む熊本ラーメン
まずはフライドガーリックを加えたトンコツスープをひとくち
あぁぁぁ 満たされるぅ
「ふぅぅふぅぅ ズッズッズッ あふあふ ごっくん」
はぁぁぁ 沁み込むぅ
『食った分は働こう』ってこの国の慣用句もスゥゥゥと体に入ってくる
ジャバンの『働かざる者食うべからず』じゃ、死人が出るッつぅーの


「もうお金を使わなくなって3ヶ月かぁ、本当にUSKカードだけで生活できるんだねぇ」と食べ終わった丼ぶりをしみじみ眺めると、菜七子さんが
「ほんなごて、あがんお札とコインと束んごたカードば財布に詰め込みよったとが、なんか懐かしかねぇ。ほんなごて、あがん重か財布ばよく持ち歩きよったタイねぇ」
ウンウンとうなずき「そういえばあの財布、どこにしまったっけ」


「お金っちゆうたら」とイケメン先生が口をはさむ
「あん お金狩りばしよった邪狩(ジャッカル)っち連中のおったタイ」
菜七子さんが眉をひそめて「おったねぇ、なんか恐ろしか連中の。
ピアクレスの闇市ば、しょっちゅうウロツキよったタイ」
先生「あん連中、闇市ん無くなってお金狩りん要らんごつなったケン、
いま健軍基地に全員が集まっとっとって」
菜七子「基地でなんしよっとね」
先生「陸軍に兵士になる訓練ば受けとっとって。
それと科学技術研究所の最新兵器ん訓練も受けとっとって。
なんていうたかね、うーん、あっ そうたい
ジャッカル電撃隊 っち名前ば変えて健軍基地ば守りよっとって」
菜七子「誰からね?」
先生「そいぎん ジャバン からやなかかね」
菜七子「あん基地に何んがあっと?」
先生「スゴぉ~か兵器の…あるっちゃなかかね」

転 八 「「こんなに安く買ったのよぉ本能のやり場がなくなった」 につづく

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