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物語は『弥生賞』からスタートした (3月第1話の解説)

 
 「小説家になろう」と「カクヨム」に載せている、女性ジョッキーを主人公にした小説、

 『アイドルジョッキー弥生は1番人気でGⅠレースを勝てるのか!?』 

 
 このところPV数が増え、ページを訪れていただいた方には、とても感謝しています。
 
 その小説の内容を、noteでお話ごとに解説していきます。
 
 小説はその作品がもつ雰囲気が大切なので、あまり事細かに解説、説明するのは逆効果になる場合があります。ただ、多くの小説は題材にしているものがあり、それがこの小説は競馬なのですが、その競馬という競技を作品中で詳細に語ることはできません。ですが、競馬の基礎知識を知っていればさらに作品を理解してもらえることも確かです。
 
 ですので、補足の意味合いで、第1話から順に、ここに記していこうと思います。
 
 
  
 この小説は、3月の『弥生賞』から始まります。
 

 ――― の、伸びないぃぃぃ!!
 
 直線に入って馬を追い出した瞬間、弥生は悲鳴をあげた。全身から、ドッと汗が吹き出す。まだまだ寒い3月初旬だというのに、薄い薄いジョッキーの勝負服だというのに、もう一瞬で汗が吹き出し、流れて止まらない。デビューして初めての、重賞レースでの1番人気。その馬の反応が悪くて、伸びる気配が微塵もなかったからだ。
 
 ――――えっ~~!!  なんで~~!!  どうして~~!!  なんで~~!!
 
 単勝1・4倍の断然1番人気。数々の名馬を送り出してきた『弥生賞』という大舞台。3万人を超す中山競馬場の観客の視線。そして彼らが握りしめているだろう、自分絡みの馬券。このレースに関する諸々の条件を鑑みれば、汗が噴き出して当然のところだった。
 
 ――――ウソでしょ~~~!!! なんで伸びないの~~???
 
 あの振り落とされるような、爆発的な加速感がまったくない。
 
 いつもなら、といっても明け3歳馬(注2)でたった3戦だけなのだけど、でも、これまでのこの馬だったら、直線に入ると、さらに爆発的な加速をするのだ。
 
 スタートから先行し、先頭をキープしたまま直線に入って、スピードを増して後続馬をとことんつき離す。それが今年ダービー候補の最有力と謳われている、タイムシーフのレース振りだった。デビューの新馬戦が大差勝ち、2戦目が7馬身差、3戦目が9馬身差のいずれも圧勝劇。他馬にまったく影を踏ませないレースぶり。これはもう乗せているエンジンが違うんだよと、だれしもが唸る超快速馬だった。だからこそ、クラシック3冠を狙う有力3歳馬が揃う大事なトライアルだというのに、昨年たった7勝しかしていないヘタッピの弥生なんかが乗っても断然の1番人気になっていたのだ。

 
 主人公の女性ジョッキーが1頭の3歳馬と一緒に、1年間戦うという大枠組みは決めていました。中央競馬のサークルは1月から12月までの1年をサイクルに動いています。それで物語も春先の始動にしたのです。1月、2月を削ったのは、まだ重要なレースがないからです。中央競馬は5月と12月を頂点として、半年かけて徐々に盛り上がっていくのです。1月2月、7月8月というのは、息抜きといった時期なのです。
 
 競走馬は2歳がデビューの年で、6月から2歳戦がスタートし、仕上がった馬が続々レースに出てきます。最初は新馬戦を使い、そのデビュー戦で勝てなかった馬は、未勝利戦に出ます。デビュー戦で勝てない馬の方が圧倒的に多いので、新馬戦よりも未勝利戦の方が、レース数が多く組まれています。
 
 勝った馬は、今度は勝った馬同士のレースに出ます。当然レベルが高くなり、賞金も上がります。新馬戦も未勝利戦も、勝った馬同士のレースも、3歳の春までは同じ齢の馬で戦います。
 
 勝った馬同士のレースは2種類あり、「1勝馬クラス」というものと「オープンクラス」というものがあります。「1勝馬クラス」は、その名のとおり、1回勝った馬たちのレース。「オープンクラス」は、何度も勝った馬たちが戦うレースです。デビューしたての馬はレースキャリアが少なく、そう何勝もしている馬がいないので、1つ勝った馬が「オープンクラス」を使ってきます。ですので、この2種類はあまり変わりません。これが年齢のいった馬たちになると、「オープンクラス」にはたくさん勝っている馬が出てきて、「1勝馬クラス」と明確に違ってきます。
 
 競走馬は毎年5000頭以上いるので、中には、なかなかレースを使う状態にはならず、デビューが4歳や5歳になってしまう馬もいます。しかし大抵は3歳の春くらいまでにデビューします。未勝利戦も、秋までしか組まれていません。
 
 この小説の主人公は幸運にも素質馬に騎乗することができ、デビュー戦を勝ち、次の「1勝馬クラス」も勝ち、その次の「オープンクラス」も勝って負けなしの3連勝となります。そして「重賞」に挑戦します。「重賞」とは、「オープンクラス」でもさらにレベルの高いレースのことです。もちろんですが、賞金も高額になります。
 
 「重賞」はグレードがあって、グレードⅢ、グレードⅡ、グレードⅠと、順に上がっていきます。グレードはその頭文字をとってGと省略されることが多いですが、GⅠレースは競馬界の最も価値ある、最高峰のレースです。競馬関係者は、ジョッキーから厩舎スタッフから馬主まで、このGⅠレースを勝つことを目標にしています。
 
 GⅠレースは1つではなく、さまざまな路線にあります。2歳戦、3歳戦、古馬(3歳の後半以降、年齢に関係ない戦いに入った馬たちのことです。人間でいうところの社会人です)戦、牝限定戦、芝コース、ダートコース、障害を飛越するレース、短距離、中距離、長距離、それぞれに頂点のGⅠレースがあるのです。
 
 そのなかでも、特に価値が高いとされているレースが、3歳のときにしか出られない、牡馬路線の『皐月賞』、『ダービー』、『菊花賞』の3レースと、牝馬限定の『桜花賞』、『オークス』です。この5つのレースは、クラシックレースと言われています。
 
 牡馬路線には、牝馬も出てもいいのですが、牝馬限定レースがあるので、ほとんど牡馬路線には出てきません。牡馬路線のクラシックレースは、『皐月賞』が4月、『ダービー』が5月、『菊花賞』が10月に行われます。
 
 みんなが目の色変えて狙うレースだけに、出走にこぎつけるのはたいへんです。何勝かするか、重賞で好成績を積み上げないと出られません。
 
 3月の『弥生賞』は、4月の『皐月賞』のトライアルレースです。ここで3着までに入れば、『皐月賞』の優先出走権を勝ち取れます。ということで、素質馬が集まるレベルの高い一戦に、毎年なります。
 
 弥生とタイムシーフは、この『弥生賞』に出てきました。ただ彼らはもう3勝しているので、『皐月賞』にはほぼ出られます。しかし陣営としては大一番に無敗で向かいたいところです。仮に負けたとしても微差で、本番への不安を残したくない。これまでの3連勝の内容が圧勝なので、『弥生賞』は断然の1番人気です。このまま主役として本番に向かいたいと思うのは、関係者として当然のことです。
 
 しかしこの重要なレースで、弥生とタイムシーフは大惨敗をしてしまいます。

 息が上がっている感じは、でも、しない。それよりも、馬が走るのを嫌がっているように感じた。それでも弥生は懸命に鞭を打って馬を追った。伸びてください、お願いですから伸びてください、と祈りながら……。
 
 でも、無情にもタイムシーフは加速しない。首を上げ気味に、窮屈そうに走る。いつもの走り方とぜんぜん違った。外からかぶせていた馬が、楽々とかわしていく。
 さらに後続が追い抜いていく。2頭、3頭……。弥生は泣きながら、抜いていく馬の尻を見ていた。
 
 そしてゴール。タイムシーフは、デビューしてから初めて負けた。
 
 馬はゴールしてもすぐに止まらない。惰性で1コーナーの奥へ向かう。はや足から並足へと速度を落とし、そして外埒に近づいて足を止めた。弥生はそこで、顔を上に向けて青空を見上げた。大きな大きなため息とともに。
 
 ―――やっぱり、ホントーに、どーしよーもなく、自分はヘタッピだぁ……。
 
 悔しくて悔しくて、なにか、全身が強い力で締め付けられるかのようだった。もう頭の中がグチャグチャだった。何を考えたらいいのか、何を思ったらいいのか、まったく分からない。こんなにも強い馬に乗ってさえも、勝てないのか。
 
 突き抜けるような3月初旬の青空。まだまだ寒い。滝のように流れ出た汗が急速に冷やされていく。でも、そんなことに気がいかなかった。この、歴史的名馬になりうる素質馬の成績に傷を付けてしまったという方が大問題で、寒さなんかに意識がまわらなかった。
 
 ―――もうもうもうもう!!!!
 
 大声で叫びたかった。ジョッキーなんかやめちゃいたい、と思った。もうなにもかもがいやだった。真っ青な空に、飲み込まれて消えてしまいたかった。

 
 女性ジョッキーと1頭の馬の活躍を描く話ですが、大負けの場面から始めました。

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