第10話 憧れのあの人はアニメ好きでした

 女子社員の中で人気の藤森さんと仕事帰りに飲むことになった。
 同僚のカナコが思い切って声を掛けたのだ。
 藤森さんはカナコの憧れの人である。
 仕事がバリバリでき、どんなときでもスマートに対応する。
 おまけにスーツがよく似合う。
 私も憧れとまでは行かないけど、いいなぁと思う。
「カエデェ~。私、緊張してきた」
「ははは、落ち着いて」
「…カエデ。私が藤森さんとくっついても、恨みっこなしだよ」
「私はそこまで…ってか気が早いわね。彼女いるかもしれないし、私たちじゃあ役不足かもよ」
「ギャ~、ヤメテェ~!!」
 私たちはそんなことを言いながら男性陣より一足先に飲み屋へ向かった。
 カナコは私以外にもう1人、女の子を誘っていた。
 後輩ちゃんのシズカちゃんだ。
 シズカちゃんは名前の通り、見た目も控えめでおとなしい子だった。

 飲み屋について5分後。すぐに藤森さんたちはやってきた。
「遅れてごめんねぇ」
 藤森さんたちは息が上がっていた。
「もしかして走ってこられたんですか?」
 カナコが藤森さんに聞く。
「だって待たせるのは申し訳ないから」
 そんなことをさらっと言ってしまう藤森さん。
 思わずハートがキュンとしてしまう。
 カナコなんて鼻息が…箸が飛ばされてしまいそうだ。
 男性陣も私たちと同じで藤森さん以外にあと2人。
 彼らも別に悪い人じゃないんだけど、比べてしまうとどうしても見劣ってしまう。
 私はどうこうなるつもりなんてこれっぽっちも思ってないが、敢えて選ぶならやはり藤森さんだ。
 カナコなんて…あぁ、もう藤森さんしか目に入ってない。2人の男性はいない存在として扱われている。
 シズカちゃんは…相変わらずおとなしそうだ。

 藤森さんが楽しませてくれるおかげで和気あいあいとした雰囲気だった。
「藤森さんってぇ~、今、彼女とかいないんですかぁ~?」
 おぉ、カナコ!!ついにブッ込んだ。
「いやぁ、欲しんだけどねぇ。趣味で忙しくってさぁ。なかなか作れないんだよね」
「えぇ、そうなんですかぁ~。かわいい彼女が居そうなのにぃ~」
 カナコは頬杖をついていたが、男性陣に見られないように右手だけテーブルの下に持ってきた。
 そして、その右手で力強くガッツポーズしていた。
 しかし、顔の方は我慢できずに嬉しさがにじみ溢れていた。
「わたし、趣味に夢中になれるってすてきだな~っておもいます。どんな趣味なんですかぁ~?」
「おっ?カナコちゃん、こいつの趣味すごいよ。ガチだからね、ガチ!!」
 一緒に居た男性がそう答えるが、カナコは見向きもしなかった。
「しゃべんな!!」
 と言っているような感じだった。
「ボクの趣味かい?ボクねぇ、アニメが好きなんだ。もうすっごく好きなんだよ」
「…えっ?」
「今日は内務で外に出ないと思ったから、ほらっ!!」
 そう言って藤森さんはいきなりカッターシャツのボタンを外し、下に着ていたTシャツを見せてきた。
 その白いTシャツの胸にはアニメキャラが描かれていた。
 あぁ、これガチなやつだ。
 カナコの顔は…引きつっちゃっている。
 それからのカナコは一気にトーンダウンしていた。
 明らかにショックを受けていた。
「ちょっと私…トイレ」
「あっ、私も行きたい」
 シズカちゃんには申し訳ないが、私はカナコの後を付いて行くことにした。

 トイレに着くや否やカナコは洗面所でうなだれる。
「くっそ~」
 私は黙ってカナコの肩に手を置く。
「そんなうまい話があるわけないのよねぇ」
「カ、カナコ。私たちだって前にアニメ映画観に行ったじゃん!!あれ、「君の名は。」だったっけ?」
「いや、そういうのはいいのよ、そういうのは!!ジブリも許す。でも藤森さんガチじゃん!!アニメキャラのTシャツを下に着こんじゃうなんてガチ中のガチじゃん!!」
 私はそれ以上何も言えなかった。

 戦意喪失となったカナコはゆっくりと自分の席へ着く。
 藤森さんが心配して声を掛けてくれる。
「ごめん、だいぶ引いちゃったみたいだねぇ」
「い、いえ」
 カナコは必死に笑顔を作っていた。
「本当だったら、アウトドアとかフットサルって言えば女性受けがいいんだろうね。でもボクはアニメが好きなんだ。人に引かれたり、気持ち悪いって思われたりするけれど、それでもボクはアニメが大好きなんだ」
 藤森さんは屈託のない笑顔でそう答えていた。
 あぁ、この人は私よりずっと大人だ。
 人は大人になるにつれて、知らない内に周りの目を気にするようになる。
 私だってそうだ。
 本当は気に入った物があったのに、みんなが違う物を選んだから、慌ててみんなが選んだ物に変えたことがある。
 そんなことを繰り返していたら、みんなが選んだ物や、世間で人気な物が自分の好きな物と思うようになってしまった。
 自分の意見は二の次になってしまった。
 でも藤森さんは違う。
 周りの人がどう思おうと、自分が好きな物を「好き!!」と呼べる人なのだ。
 周りに流されず、自分の中で芯のようなものがしっかりとあるんだ。

 私はそんなアニメ好きな藤森さんに聞いてみた。
「藤森さんって、なんでそんなにアニメが好きなんですか?」
「う~ん、なんでって言われてもなぁ。小さい頃からずっと好きだったしなぁ…あっ、でも、最近思うようになったのは、アニメを観てると、自分の心がまっすぐになるような気がするんだよね」
「まっすぐ?」
「人ってさぁ、誰しもが目標に向かってまっすぐに生きられるわけじゃないんだよね。ほとんどの人は右往左往して、悩みながら生きていくでしょ?ボクだってその1人さ。右に行ったり、左に行ったり…そうやって迷いながら生きている内に、ボク場合、性格までもひん曲がっちゃってくるんだよね。ひねくれた性格になっちゃうんだ。でも、アニメを観ていると、そのひん曲がったボクの心をまっすぐにしてくれるんだよ。登場するキャラに胸を打たれるんだ。純粋で健気で一生懸命で…もう、めちゃくちゃカッコいいんだ!!それを見て、「ひねくれている場合じゃないや!!俺も頑張らなきゃ!!」って…そんな気持ちにしてくれるんだ」
 そうしゃべる藤森さんの目はキラキラ輝いていた。
 この人にとってアニメは無くてはならないものなんだ。
 話を聞いていたら、なんだか私までアニメが見たくなってきた。
「あの…おすすめのアニメってありますか?」
「えっ!?興味持ってくれたの!?それはこのT——」
「ござそうろう…」
「えっ?」
 私は横を振り向く。
「ござそうろう」
 そう答えたのはおとなしいシズカちゃんだった。
「おすすめのアニメは「ござそうろう」です。そして、藤森さんが着ているTシャツのキャラは「ござそうろう」に出てくるお菊さんです」
「————!!」
 藤森さんが今日一番の笑顔になった。
「知っているのかい?「ござそうろう」を!?」
「知ってるも何も、私もアニメ好きですから。最も私は周囲にそれを隠していますけどね」
 シズカちゃんはめがねをクイっと持ち上げてニヤリと笑った。
 それから藤森さんとシズカちゃんはマシンガントークを始めた。
 私たちは入って行ける余地がなく、そのまま飲み会はお開きとなった。

 帰り道、私とカナコは2人で歩く。
「カナコ、藤森さんどうするの?」
「う~ん、素敵な人だけど…ちょっと無理かなぁ。はぁ~」
「そっか~」
 私はカナコの肩を組む。
「男は他にもまだまだいっぱいいるから!!次よ!!次!!」
「そうよね…よぉ~し!!カエデの家で飲み直しだぁ~!!」
 正直勘弁してほしかったが、付き合うことにした。

 後日、私はレンタルビデオ屋に足を運んでいた。
 私はなんとアニメコーナーに居たのだ。
「ござそうろう、ござそうろう…あっ!!」
 そこにはカナコがいた。
 カナコも私に気づき、同じようにびっくりした顔をしていた。
「…カナコも「ござそうろう」借りに来たの?」
「うん…どんなのか気になっちゃって」
「じゃあさ、これから私の家で一緒に見ない?」
「そうしよっか!!」
 その後、私たちはすっかりアニメ好きになった。

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