第86話 父:お風呂にあしながバチが出る
小学4年生くらいまで、ボクはいつも父とお風呂に入っていた。
父が最初に入り、途中で呼ばれる。
そんなスタンスだった。
贅沢な話だが、1人で入るまでボクはずっと父に頭や体を洗ってもらっていたのだ。
ボクはただ腕を上げたり、頭を差し出したり。
至れり尽くせりであった。
「しょうが焼き~!!」
その日もいつものように父に呼ばれた。
ボクはすっぽんぽんになって父のいるお風呂に向かって駆け足をする。
そしてお風呂の扉を開ける。
「————!!」
そこにはデカいあしながバチがいた。
「あしながバチおる!!」
「え~!?」
父は気が付いていなかった。
ハチが怖かったボクは父のことなど見捨て、フルチンのまま逃げた。
あしながバチを見つめる父。
もちろん父はすっぽんぽんだ。
RPG的に言えば防具ゼロだ!!
そんな状態で父とあしながバチの戦いが始まった。
ボクはフルチンのまま母や兄の元へと逃げる。
「ハチ、ハチ、ハチが出た~!!」
兄が面白がってすぐに風呂場へと向かった。
するとそこにはあしながバチとにらみ合う父がいたそうな。
お互い攻撃を仕掛けるタイミングを計っていたそうな。
父は兄に
「何か叩くもの持ってこい」
と指示したそうな。
兄はすぐさま風呂場から出て叩くものを探してまた風呂場へと戻って行った。
しかし、そのときの兄はバカだった。
持って行ったのは空になった1.5リットルのペットボトルだった。
父はこれじゃない感を出しながら首をかしげる。
しかし、いつまでもにらみ合いを続けるわけにはいかない。
父は右手にペットボトルを構え、タイミングを見計い、一気にあしながバチへと振り下ろす。
「——ぺこっ」
ペットボトルは柔らかかった。
あしながバチは潰れなかった。
父は考える。
「どうしよう?」
この右手を離せば、十中八九あしながバチは父に襲い掛かる。
「へへへっ」
兄はその状況を見て笑う。
そしてボクと母は寝転んでテレビを見る。
なんて薄情な家族なんだろうか!?
「自分の人生、自分でなんとかするしかない!!」
父がそう思ったかどうかは知らないが、最後の賭けに出た。
風呂の窓を開け、ペットボトルであしながバチを押さえつけたまま窓の方へスライドした。
すると、あしながバチはそれを察知したのか、父に襲い掛かることなく窓から飛び立って行ったそうな。
どちらとも命を失わずに済んだ。
一件落着である。
ボクは兄の報告を受け、平和が訪れたお風呂場へと凱旋するのであった。
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