第17話 子を想う親

「ただいまー」
「あら、タカシおかえり。早いわね?」
「今日は早めにバイバイした」
「めずらしいわね…おやつあるから手洗いとうがいしてらっしゃい」
「いらなーい」
 タカシはトボトボと階段を上がって行く。
「………」

「—コンコン」
「タカシ、入るわよ」
 ベッドの上でうつ伏せにふて寝するタカシ。
 母親はそのベッドに座る。
「どうしたの?何があったの?」
「何にもないよ~」
「そんな強がっちゃって。何かあったんでしょ?お母さんに言ってごらんなさい」
「なんでもない!!」
「じゃあお母さんに顔を見せてよ。枕に顔を伏せてないでさ」
「………」
「お母さんに顔見せて」
「………おかあさぁ~ん!!」
 タカシは母親の胸に飛び込み、堰を切ったように泣き出す。
「あらあら、どうしたの?コウちゃんと何かあったの?」
「ケンカしちゃったぁ~」
「そうだったの。ケンカしちゃったの?大変だったわね」
「うわぁーん!!」
 母親はタカシが泣き止むまで優しく頭を撫でた。

 しばらしくして、泣き止んだタカシから事情を聞いた。
「じゃあ、明日にでもコウちゃんに謝りに行く?」
「うん、そうする…ねぇ、お母さん?」
「うん?」
「どうしてボクが、元気がないって分かったの?」
「そんなの…私はタカシのお母さんだもん!!お母さんもお父さんもタカシのことはなんでも分かっちゃうんだから!!」
 母親はタカシに優しい笑顔を見せる。
「ピンポーン!!」
「あ、これきっとコウちゃんよ。ほら、謝りに行こっ!!」
「うん!!」


 ―20年後—
 会社帰りのタカシ。
 トボトボと無表情に歩き、家に帰宅する。
 玄関の扉を開け、ただいまも言わず、無言のまま真っ暗な部屋に電気を点ける。
 無言のまま椅子に座り、しばしばの間、ボーっとする。
 タカシは携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
「もしもし…タカシだけど」
「あら?タカシ急にどうしたの?」
「いやあ、暇だったから電話しただけ。元気にしてる?お母さんたち」
「うん元気。元気。私もお父さんも病気1つしてないわよ。まぁお父さんのお腹が気になるけどね」
「ははは…贅沢な悩みだ」
「でも糖尿病になるかもしれないから怖いわよ。さっきも無理やりウォーキングに連れて行ったんだから」
「そりゃご苦労なこって…どれくらい歩いたの?」
「それがさぁ、すぐ折り返しちゃって…20分で終わっちゃた」
「ははっ…あんまし意味ないね」
「…ところでタカシ、今年のお盆は帰ってこれるの?」
「う~ん、どうだろ?忙しいからなぁ。帰れたらいいんだけど…」
「そう…まぁなるべく体を壊さないようにね」
「うん…ありがと」
「ちゃんと食べてるの?」
「食べてる、食べてる」
「ちゃんと寝てるの?」
「寝てる、寝てる。大丈夫だよ。ちゃんと健康だよ」
「ならいいんだけど…」
「じゃあ明日も早いから…じゃあね」
「…タカシ」
「うん?何?」
「あんた辛いんじゃないの?」
「何言ってんだよ、大丈夫だよ」
「我慢しなくてもいいんだよ。辛いんでしょ?」
「そんなことないって!!もう切るよ!!」
「辛かったら家に帰って来てもいいんだよ」
「………」
「ねぇ、帰っていらっしゃい」
「……ごめん」
 タカシは必死に抑えていた感情があふれ出し、目からは涙がこぼれる。
「…ごめん、ごめん」
 涙と鼻水が口の中へと入る。
 こんなに泣くのはいつぶりだろうか?
「今までよく頑張ったねぇ。大変だったねぇ」
「うぅ…」
「お母さんとお父さんはいつでもタカシの味方だから。大丈夫だよ」
「…お母さん、ありがとう」
「あっ、お父さんが代わりたいみたい…はい、お父さん」
「もしもし?タカシ?」
「うん…」
「大丈夫か?」
「うん…ごめん」
「別に謝ることないぞ。なんにも悪いことしてないんだから」
「うん…」
「別に今の会社が全てじゃないからな。たまたまお前に合わなかっただけだから」
「うん、ありがと」
「じゃあ、もう一度お母さんに代わるからな…お~い」
「もしもしタカシ?」
「うん」
「いつ帰って来てもいいからね」
「うん、ありがと…でも大丈夫。なんか元気出た」
「そう、良かった…でも、無理しちゃダメよ」
「うん」
「辛かったらすぐに電話するのよ」
「うん、わかった。じゃあね」
「じゃあね、おやすみ」
 タカシは電話を切る。
 そしてまた泣き始めた。
 我慢することなく、涙が枯れるまで思いっきり泣いた。
 今度の涙の成分はほとんどがうれし涙だった。
 親のありがたさを改めて実感するタカシ。
 子供はいくつになっても子供のように、親もいつまでも親であり続けてくれるようだ。
 本当に感謝しなければ。

 タカシはひとしきり泣き終えて、鼻をかむ。
「あ~、なんかお腹減ったな」
 鼻をかんだティッシュをごみ箱に捨て、遅い夕飯作りに取り掛かった。

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