第5話 魔法税

 ここはどこ?
 ここは異世界です。
 地球とは別の世界。
 そんな異世界には、不思議な力、魔法という力が存在していました。
 魔法は一部の人間が使うことができました。
 人々は嘆かわしいことにその魔法の力を争いのために利用しました。
 魔法によってたくさんの命が奪われました。

 時代は流れ、争いの絶えない時代は一旦落ち着きを取り戻します。
 すると今度は、その魔法を生活に利用できないか?と考えるようになりました。
 それを考え始めたのが、魔法兵団。
 彼らは魔法のエキスパートの集団です。
 争いをしていた頃に設立されたので、このような「兵団」という名前がついています。

 魔法兵団は人々の生活をより快適にするために一生懸命頭をひねりました。
 試行錯誤の結果、遂にそれを実現させることができました。
 それが「魔道具」でした。
 魔道具によって開発されたものは非常に素晴らしい物でした。
 食材を傷めないように低温で保存することができる冷蔵庫、ろうそくの代わりとなる照明、薪を必要としないガスコンロ。
 どれも画期的な発明でした。

 しかし、1つだけ問題がありました。
 それが値段です。
 魔道具は非常に高かったのです。
 王族や貴族はお金がありますから魔道具を手にすることができますが、平民にとってはなかなか手の届かない品物でした。

 魔道具を作るのには技術を要します。
 それに魔道具の要となる魔石も必要なのです。
 どうしても高くなってしまいます。
 そして何より、魔道具には「魔法税」という非常に高い税金が掛かっていたのです。

 魔法兵団は国から独立した組織です。
 国のしがらみを避けるために、創立当初から頑なに国の機関になることを拒んでいました。
 しかし、国としても魔法兵団をそのまま放っておくわけにはいきません。
 争いの時代は安い金で彼らを雇っていましたが、平和になった今度は魔道具に目をつけたのです。
 魔道具は今後、人々の生活に欠かせないものとなって行くことでしょう。
 魔道具が飛ぶように売れれば、魔法兵団の資金は潤い、力を付け、将来国を脅かす存在になるかもしれません。
 しかし、高い税率を掛ければそれを防ぐことができます。
 加えて、魔道具が売れば売れるほど、国は税収が増えるのです。
 正に一石二鳥なのでした。

 魔道具は確かに高い品物でした。
 しかし、非常に便利だということは誰もが認識していました。
 そのため、家庭用で使うには贅沢ですが、業務用として使用する分には申し分ないと商いをする者たちに徐々に浸透していきました。
 魔法兵団は受け入れてもらったことを嬉しく思いましたが、満足はしていませんでした。
 なぜなら魔法兵団の目的は、人々の暮らしを快適にすることだからです。
 みんなに魔道具を使ってほしいのです。
 そのために魔法兵団がすべきことは、やはり魔道具の値段を下げることにありました。

 今日も魔法兵団のトップ、グランドマスターが頭を悩ませています。
「なんとかできないものかな~」
 出てくるものはため息ばかり。
「この魔石が高いんだよな~」
 グランドマスターはキラキラと輝く魔石を手に取りながら呟きました。
 なぜ魔石が高いのか?
 それは、魔石がモンスターからしか採取できないのです。
 魔石を採取するために魔法兵団の職員は多大な労力を費やします。
 そのためにどうしても魔石が高くなってしまうのでした。
「ちょっとは休まれたらどうですか~?」
 心配した別の女の職員がお茶を出しに来てくれました。
「あ~、ありが——!!」
 グランドマスターは席を立ち、ものすごい勢いで職員へ近づき、胸元へ目をやります。
「ちょ…あの、マスター。ここは事務所の中でみんなもいるし…私たち付き合っていないし…それに急に迫られても…」
 しかし、グランドマスターが凝視しているのは職員の胸ではなく、胸元にある水晶のアクセサリーでした。
「これだぁー!!」
 グランドマスターは大きな声で叫びました。
 そして職員に言いました。
「すぐに研修者たちを全員集めてくれ!!」

 グランドマスターがやろうとしたことは、水晶を使い、人工魔石を作ることでした。
 今までは魔石採取のために多大なる労力を費やしましたが、人工で魔石を作ることが可能になればずっと労力を抑えることができます。
 それは即ち、魔道具を安い値段で提供することができるのです。
 グランドマスターは職員に指示し、すぐに人工魔石の開発に取り組みました。
 魔力を水晶に込めるという今までやったこともない作業で苦労しましたが、わずか3年でそれを実現させたのでした。

 人工魔石は魔石に比べ、低コストで生産することができました。
 これで魔道具の値段を抑えることができます。
 しかし、デメリットもあります。
 やはり自然の魔石には敵わず、魔道具の使用回数は減ってしまうということです。
 魔石に比べ、半分以下の回数になってしまうでしょう。
 それでも、安い値段で民衆に提供できるのは事実。
 きっと受け入れてもらえるに違いありません。

 グランドマスターは新しい魔道具の発表をするために、広場に人を呼び集めました。
 少し考えがあったのです。
 この関心事に多くの人が集まり、中には瓦版を書く者たちもいました。
「こんなにいっぱい人を集めて、一体どんな魔道具を発表するつもりなんだろう?」
「魔法兵団のことだ。きっとすげぇ物を発明したにちがいねぇ」
 人々は期待を膨らませました。

 集まった人々に向けて、グランドマスターは話を始めます。
「皆さん、魔道具の定義とは何かご存じでしょうか?」
 新しい商品を発表するかと思いきや、グランドマスターは何やら小難しいことを話し出しました。
「魔道具の定義、それは魔石が組み込まれた道具であることです」
 そんなこと誰だって知っています。
「じゃあ魔石とは何か?魔石の定義は魔力が込められた石という意味です」
「何当たり前のこと言ってるんだ?」
「でも魔石の定義は続きがあります。それはモンスターから採取できるもの。ここまでが魔石の定義です。」
「…一体何がいいてぇんだ?」
 人々はざわつき始めます。
「我々は今回、人工魔石を発明することに成功しました!!」
「————!!」
「人工魔石は魔石をモンスターから採取するより、ずっとコストが安いんです。まぁ、質は魔石に劣ってしまいますが。でも、今までよりずっと安い価格で魔道具を皆さんに提供することができるのです!!」
 人々はそれを聞いてびっくりします。
「おいおいおいおい!!なんちゅうネタをブッ込んで来るんだ」
 瓦版を書くためにグランドマスターに質問を投げかけます。
「一体、今までよりどれくらい安い値段で提供できるのでしょう?」
 そうです、値段です。
 人々にとってこの値段が何よりも重要なのです。
「上手く行けば、今まで3分の1の値段で皆さんに提供することができるでしょう」
「おぉーーーーー!!」
 一斉に歓声が上がりました。
 グランドマスターはその歓声を聞いて心が躍りました。
 それはずっと待ち望んでいた反応だからです。
 しかし、まだです。
 ここからなのです。
 グランドマスターはみんなを制します。
「皆さん、先ほど言った通り、魔道具とはモンスターから採取できる魔石が組み込まれた道具です。しかし、我々が新しく開発したものは、人工魔石を組み込ませた道具。即ち、第二の魔道具。人工魔道具として売り出しを開始します」
「…ん?」
 人々は少し混乱します。
 それはどういうことなのでしょうか?
「魔道具が今、なぜここまで高いのか?それは魔石を採取するためのコストが高いため、どうしても魔道具も高くなってしまうんです。でもそれだけじゃないんです。魔道具にかかる魔法税がものすごく高いんです。魔道具の実に4割が魔法税なんです」
「そんなに高いのかよ!!」
 人々はまた驚きの声をあげます。
「皆さん、よく聞いてください。今回我々が新しく開発した魔道具は人工魔石から作られたもの。今までの魔道具の定義から外れるものです。そのため、これから新しい税率が課せられます。このまま行けば今までと同じ高い税率が課せられてしまうでしょう。だから民衆の皆さんに声を上げてもらいたいのです。安い人工魔道具を提供するために!!皆さん声を上げて下さい!!」
「おぉーーーーー!!」
 グランドマスターの声に人々が反応します。
 これが狙いだったのです。
 グランドマスターは世論を味方につけることで、第二の魔道具、人工魔道具の税率を低くしてもらおうと考えていたのでした。
 このニュースはすぐに瓦版で出回りました。
 また、広場で聞いた者たちが話を聞けなかった者たちへ直接話をしました。
 またたく間に、このニュースは国中に知れ渡りました。

 効果は抜群でした。
 国は当初、魔道具と同じ税率を課す予定でした。
 しかし、世論に押され、今までの半分の税率しか課すことができませんでした。
 これにより、魔法兵団は約束通り、今までの3分の1の値段で人工魔道具を販売することができました。
 結果、多くの人が魔道具を手にすることができました。
 ただ、人工魔石は魔石より質が劣ります。
 そのため、業務用としてはこれまで通り魔道具を使い、一般家庭用として人工魔道具が使用されるようになりました。
 魔法兵団も民衆もみんな満足していました。

 しかし、これを面白くないと思っていた者たちがいました。
 それが政治の実権を握っていた貴族です。
 確かに人工魔道具が売れたことにより、税収は増えました。
 でもそんなことどうでもいいのです。
 自分たちのプライドを折られたことが許せませんでした。

「さて、魔法兵団。どうしてくれよう?」
「なに、いい考えがありますよ」
 貴族たちは王国の宮殿で円卓会議を開いていました。
「そのいい考えとは?」
「魔法税の一本化です」
「ほほぅ」
 貴族たちは嫌な顔をします。
「今の魔道具の税率は4割。そして新しい第二の魔道具とされる人工魔道具の税率は2割。これを3割に統一すればいいんですよ。公平性の観点からすれば、類似商品は同じ税負担にするのが大原則ですから。魔道具が4割で人工魔道具が2割だなんて、ねじれています。我々はそのねじれを正すのです」
「素晴らしい意見だ」
「確かに魔道具の税率は下がります。しかし、今ほとんどの民衆は人工魔道具を購入している。税収が増えることは間違いないでしょう」
「よし、それで行こう」
 この魔法税改正はすぐに整備されました。
 発令は半年後。
 グランドマスターは怒りに震えました。
「ふざけるなー!!」
 しかし、吠えたところでどうにもなりません。
 魔法兵団のトップと言えど、国の政治に口を挟むなど無理な話でした。

 グランドマスターは成す術なく、魔法税改正を迎えようとしていました。
 貴族たちにかけあってみましたが、どうにもなりませんでした。
「クソ貴族が!!」
 しかし、このように思っていたのは、グランドマスターだけではありませんでした。
 全ての民衆がこの魔法税の改正に怒っていたのです。
 みんな魔法税の改正に反対の声を上げていました。
 貴族たちはそれを見て笑っていました。
 いくら声を上げようと何もすることはできまいと。

 しかし、そんな貴族たちに天誅が起こりました。
 魔法税改正を発令した貴族が殺されたのです。
 先ほど言った通り、魔法税の改正は全ての民衆が反対をしていました。
 その民衆は悪党も含まれます。
 正義の味方と名乗る勇者たちも含まれます。
 貴族は闇討ちされたのです。
 容赦なく首を一刀両断され、さらし首となりました。

 翌日…他の貴族たちは震えあがりました。
 今度は自分の首が飛ぶかもしれない。
 自分の命が惜しい貴族はすぐさま行動に移します。
 魔法税改正が廃案され、魔法税は据え置きとなったのです。
 人々は安心して、魔道具を購入するのでした。
 めでたしめでたし。

「………」
 小説を読み終えた若者は本を閉じます。
「…これって俺たちの酒税統一化のことをネタにしているよね」
 若者は苦笑いをします。
「オチがなんだか安っぽいなぁ」
 男はグイっと第3のビールを飲み干すのでした。

 2026年10月を持って、ビール・発泡酒は全て同一の税率になります。

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