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『経営戦略の不在』で会社が苦境に立つ

[要旨]

自動車業界では、リーダーのトヨタはコスト・リーダーシップ戦略をとり、2番手のホンダは差別化戦略をとり、また、スズキやダイハツは集中戦略をとることで成功しています。一方、日産や三菱は戦略が明確でないことから、苦境に立つことになったと考えることができます。

[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの遠藤功さんのご著書、「経営戦略の教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べます。前回は、米国の経営学者のポーターは、3つの基本戦略を提唱しましたが、その1つはコスト・リーダーシップ戦略、次は差別化戦略、最後の1つは集中戦略でなのですが、現在は、経営環境が激化している上に、経営資源を特定の事業に集中せざるを得なくなってきていることから、差別化の優位性を発揮する集中戦略でなければ成功が難しくなってきているということについて説明しました。

これに続いて、遠藤さんは、日本の自動車製造会社が、3つの基本戦略のうち、どの戦略を採用しているのかということについて述べておられます。「日本市場における自動車業界各社の『ポジショニング』を見ると、3つの戦略代替案の持つ意味合いを理解することができます。『コスト・リーダーシップ戦略』を採っているのは、トヨタ自動車です。

トヨタは、新しい技術の追求や、他社との差別化を図る商品開発を積極的に行っていますが、これまでの同社の経営戦略の根幹にあったのは、徹底した規模の追求による『コスト・リーダーシップ』戦略です。フルラインアップの商品を揃え、品質が高く、値頃感・お買い得感のある自動車を提供することが、トヨタの中核的な価値なのです。

それを実現するために、ボリュームゾーンをターゲットに、販売量・生産量を増やし、スケールメリットを追求して来ました。さらに、現場での絶え間ない改善によってコストダウンを実現してきたのです。リーダーであるトヨタに対して、ホンダは『差別化戦略』を柱としています。ホンダは、国内市場ではトヨタに次ぐ2番手です。とはいえ、生産台数では、トヨタの半分以下と、規模の面では大きな差があります。

もちろん、ホンダにおいても、コストダウンは重要なテーマではありますが、トヨタとまともにコストで勝負するのは、決して得策ではありません。そこで、ホンダは、『トヨタにはマネのできない、差別化されたユニークな商品』をつくり続けることに活路を見出してきました。『ホンダらしい』差別化された商品を開発することこそが、ホンダの生命線なのです。

この2社と比べ、他の自動車会社は、経営資源が限られていますから、『集中戦略』を指向しています。例えば、スズキは、軽自動車に特化すると同時に、他の会社がこれまであまり注目してこなかったインドやハンガリーなどを中心に、海外展開を進めてきました。また、ダイハツは軽自動車、富士重工業(スバル)はSUVなどに特化し、独自のポジショニングを追求しています。

講義でも触れたように、集中戦略には多様な選択肢がありえます。どのセグメントに特化するかは、まさに、それぞれの企業の強みや経営資源の質に基づいた合理的な経営戦略によって決まるのです。その一方で、ルノーの傘下に入る前の日産や、一時期、ダイムラー・クライスラー(現ダイムラー)の傘下に入った三菱自動車などは、そのポジショニングが明確ではありませんでした。

フルラインを指向し、いつの間にか『戦う土俵』が広がってしまい、たまにユニークなヒット商品(日産のスカイラインや、三菱のパジェロなど)が生まれても、『単発』で終わってしまい、どこかに特化することもできませんでした。経営資源が限られているにもかかわらず、『戦う土俵』が『身の丈』を越えてしまい、独自の優位性構築に結びつかなかったのです。まさに、『経営戦略の不在』によって苦境に立たされたと言えます」

私は、各自動車メーカーの戦略について遠藤さんと同じような分析はしていません。しかし、結果として、トヨタとホンダの業績が、社に抜きんでいることは事実です。そして、両社とそれ以外の会社の業績の差は、それぞれの経営戦略の徹底度合いによるものだと思っています。ところで、最近は、製造業に関して新たな考え方が登場しました。それは、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)というものです。

これまで、「ドリルを買いに来た顧客は、ドリルを欲しがっているのではなく、穴を欲しがっている」と言われることがありました。これは、顧客は商品そのものではなく、その商品から得られる便益(ベネフィット)を購入しているという考え方です。しかし、SDLの考え方では、ドリルを製造している会社は、ドリルを販売することで、顧客が穴をあけられるという便益を売っていると考えます。

すなわち、ドリルメーカーは、ドリルという有形の製品を製造することによって、顧客に穴をあける手段を売っていると考えるということです。要は、製造業も、物理的には製品を製造しているものの、それを購入した顧客に穴をあける機能という価値を売っているということです。実際、トヨタも、自動車製造会社から、移動手段を提供するモビリティカンパニーを目指すというように、事業領域の定義を変更しています。

話しを戻すと、これからは、SDLのような考え方が広まって来ると、何をつくるのかというよりも、何を売るのかという考え方に立たなければなりません。そうであれば、経営戦略の妥当性が事業の成否の大きな鍵を握ることになります。したがって、これからの事業は、単に、ものをつくったり、販売したりすることと考えただけでは成功せず、精緻な経営戦略に基づいて事業を進めなければならないと考えるべきでしょう。

2024/3/23 No.2656

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