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セクシャリティ・ジェンダーについて考え学び中。ちょっと「普通」ではない自分の感覚などに…

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セクシャリティ・ジェンダーについて考え学び中。ちょっと「普通」ではない自分の感覚などについて公開してみたいと思いnote始めました。そんな感じのテーマが多いですが、たまに全然違うことも書きます。 トイプーのエテと暮らす、デミでパンです。よろしくお願いします。

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  • LGBTQ+

    LGBTQ+について、考えたこと、思うこと。当事者として経験したこと、調べたこと。

最近の記事

決定打は、誰も打ってくれない。

わたしは長年「自分は何者か」が分からずにいた。「何か違う、みんなとは違う」それだけは確かで、話せば話すほど、考えれば考えるほど違和感だけが残る。なのにどこまで行っても私の中に「揺るぎないもの」は見当たらなかった。 それは争いようのない絶対的な確信。わたしのゲイやバイの知り合いみんなそういうものを自身の中に持っていた。自分のセクシャリティについて思春期の頃に気付き、疑いなくその答えに自信を持っていた。わたしにはそれが無かったので、自分は普通ではないけれどセクシャルマイノリティ

    • もう、わたしなしでは生きていけないようだ。

      うちにはエテという名前のトイプードル9歳の女の子がいる。繁殖引退犬で悪徳ブリーダーが手放したところを保護され、里親を探している時にわたしと出会った。当時彼女は5歳。それまでの犬生をほとんど小さなゲージの中だけで過ごしていた。そのころ彼女の目は「誰も信じてません」と言っていて、しかし感情も知らないまま生きてきたので怒りすらなく、ただ戸惑って逃げ回り誰にも懐いていなかった。 エテは保護犬ばかり集められた犬カフェで世話されていて、たくさんのワンちゃんたちと8ヶ月ほど暮らしていた。

      • ほぼ、というのは、多分

        近頃のちょっとした悩み。 「人を好きになるのに性別は関係ない」と話すと、あぁバイセクシャルなのね、と言われること。確かにそういう意味で言う人もいるかもしれないなあ、でもそうじゃないんだよなあ。 わたしはパンセクシャルなのだ。 わたしが考える、バイとパンの線引きは「性別が関係あるかどうか」 つまりバイの人は無自覚でも性別を意識した上で異性も同性も好きになる。男性が女性を好きになる感覚(あるいはその逆)と男性が男性を好きになる感覚(あるいは女性が女性を)の両方が分かる人。 一方

        • ほんとに、そういうことです、菜々緒さま。

        決定打は、誰も打ってくれない。

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        • LGBTQ+
          8本

        記事

          誰も、悪くない。

          20代の頃、わたしは自分のことを「ちょっと癖はあるけど普通の女の子」と思っていた。”癖”というのは「なんか周りと違う」と感じている部分のことで、それはわたしが人見知りで恋愛下手だからなんだと解釈していた。 周りの友達と同じように、ドラマや映画であるようなステップで、なんかいいなぁと思えた相手と恋を出来ると思っていたので、たびたび出会った人とデートをしてたまに付き合ってでもすぐ別れることになって、を繰り返していた。 そうはしながらも、わたしは自分の中の「違和感」を流せるタイ

          誰も、悪くない。

          思っていたより、世界は優しい。

          カミングアウトについて。わたしの場合、今まさに徐々に行なっているという感じ。正確に言えば「意識的に行うようになった」のが最近。実は昔から秘密にしていたわけではない。 もちろん昔のわたしは、自分のセクシャリティについて詳しく理解していなかったし、説明もできはしなかったのやけど、「同性に惹かれることはあるな」とは思っていた。恋愛に性別は関係なく、人間として惹かれてたまたまその人が男の人だったり女の人だったり、性別はあとで付いてくるもの、おまけのようなものだと感じていた。(のちに

          思っていたより、世界は優しい。

          ジェンダーについて考える。

          そもそも”ジェンダー”て何をさす言葉なのかな?と思って調べてみた。セクシャリティについて勉強し始めたらよく出会う言葉ではあったが、ちゃんとした意味を知らないでいた。 「男性だからこうあるべき/女性だからこうあるべき」のような「社会的または文化的男女の性区別」のこと。諸説あるとは思うが、わたしが調べたところこんな感じ。 わたしは小さい頃からこれが本当にイヤで、未だにモヤモヤし続けている。 小学校で買ってもらった絵の具セット、そろばん、ピアニカなどはいつも何故か見えない線引き

          ジェンダーについて考える。

          誰かのことを愛しいと思えないなんて、言われたくない。

          わたしはデミセクシャルなので普段ほとんど性的欲求がない。多分「平均」の人達からしたら、わたしはほぼほぼアセクシャルと一緒だ。 (両者の違いについてはひとまず置いておいて。)「平均」の人達は、アセクシャルは恋愛できないと思っているようだと感じることがある。あるいは抗えない欲求について知らないだけだと決めつけている。 先日漫画の中でアセクシャルの子に向けて言い放たれたセリフに腹が立った。「本当に好きな人に出会ってないだけだよ」性的欲求がない程度のそれは本当に好きなわけじゃない

          誰かのことを愛しいと思えないなんて、言われたくない。

          だから、わたしは恋に落ちない。

          生まれて32年目にしてようやく、わたしが運命の恋に落ちない理由が発覚。それは長年感じ続けた違和感の正体を突き詰めた瞬間だった。 私は「普通」ではないらしい。 何でも話せる大親友とコロナに阻まれ1年以上会えず久々に再会したときのこと。「最近どう?」巷で噂のお洒落なカフェで、女子間ではよくある話題。友達の旦那や家族の話を聞き、いざわたしのターン。特にこれといって報告できる出来事もなく「ない」という部分を深掘りする。ただこれについての自己分析にはいつも本当にしっくりくる答えに出会

          だから、わたしは恋に落ちない。