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正直カール・ヒルティについては詳しくは知らなかった。今回初めて岩波版の文庫を読んでみた。ビックリしたのは、最初に裏表紙を開いてみると初版が1935年(昭和10年)で2019年になんと第104版が発行されていたことである。これにはアランもラッセルも遠く及ばない。どれだけ日本人に愛読されてきたかという証左である。

さて。ヒルティはスイス生まれの学者、政治家、弁護士、そして哲学者であったが、それ以前に敬虔なクリスチャンだった。著作から推測すると内村鑑三や福沢諭吉にも相当影響を与えたと思われる。ヒルティの幸福論の中には旧約・新約の聖書からの引用が多くみられるが、クリスチャンでなくとも十分に学びとなる内容だと思う。エッセー風の素直な文体でありアラン同様にテーマごとの区切りも短いので、安心して読める。素晴らしい考察があまりに多く、トピック選びに困った。

一番印象的だったのは、ドイツの文豪ゲーテを取り上げている箇所だった。富、名声、権威、長寿といった一般的な幸福の象徴の全てを掌中にしたゲーテが、棺をまたぐ時に口にしたのが次のセリフだ。「75年の人生で、幸せだったのはほんの4週間だった(何と人生の0.1%!)。私の人生は絶えずこぼれ落ちそうになる石をひたすら押し戻すようなものだった」と。そして続ける。「人生70年、長くても80年、その一生が苦労と労働の連続の一生であってもそれは素晴らしいことであり、それこそが幸福なのだ」と。かのゲーテであっても、外的な幸福には真の幸福を見出せず、下手にそれを手に入れてしまったが故に自由を失い、得たものを失うまいと苦悩したのだろう。そして最後には「苦しみや辛さの中にさえも幸福が隠れているのだ」と言うに至る。「人格の深みや大らかさは、立派に不幸に耐えてきた人のみに備わるものだ」とも述べている。非常に深遠な世界だ。何だかルオーの版画を見ているようだが、どのような人生の出来事にも積極的に幸福、光を見出そうとする姿勢には共感する。結局、幸・不幸は個々人が目の前に起きる事象をどう解釈するかだから。ゲーテのこの事例を通じて、あらゆることに意味があるというキリスト教的な解釈を示したかったのかもしれない。

さて、ヒルティは仕事についても自らの考えを大きく展開している。仕事は人間の幸福の一つの大きな要素であり、仕事なしにはこの世に幸福は無いと明快に言い切る。仕事がないことほど不幸は無いとも。そして真に深い喜びを与えるものは全て人間の「天性の要求」によるものであり、本当の喜びは、正しく働くことによって初めてもたらされるものである、と言う。天性の要求とはミッションのことであり、これは社起大の基本概念でもある「ミッション幸福説」※とも符号する考え方である。ヒルティと本書を通じて握手した気持ちになった。

 

※ミッション幸福説

世の大半の人々が自らのミッションを知ることなく、考えることもなく去ってゆく。よって自らのミッションを発見できること自体が幸福につながるものであり、その実現に向かって動くことが成功であるという社起大の根底理念。

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