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前回に続き映画の話を。
昨年、多くの知人から「JOKERはマジでヤバい」「負の世界に引きずり込まれる」「重すぎてこっちのメンタルが壊れそう」等々刺激的なコメントを聞かされてきた。だが「一見の価値あり」と一様に勧められ、ソーシャルイシューの匂いも感じたので、何となく気にはなっていた。たまたま深夜BSでやっていたので、ウトウトしつつもやっと見ることができた。
 

先に結論を言うと、正直期待したほどのキワモノでは無かった。怒り、悲しみ、恨みといった負の感情の中に微かな主人公の自信、正義、反骨といった正の感情が見えた(気がした)からだろう。社会派映画と思って見たら、意外にエンタメ性もあったし。NYという世界一の金持ちと貧者が同居するこの街で、底辺に生きる人々の苦悩と怒りの爆発。
タクシードライバーを筆頭に過去にもこの手の映画は多々あったよう記憶するが、主人公アーサーを演じるホアキン・フェニックスの個性、演技力が圧倒的存在感で全編を支配していた。
例えは変だが、機嫌悪い時のボブ・ディランのライブを見終わった時の感想に近かった。この狂気に支配された役柄を演じ切れる役者は、存命俳優ではジャック・ニコルソンくらいしか思い浮かばない。それくらいこの役者(実は知らなかった)の演技には迫力があった。ピエロに変身している時よりも素で笑っている時の方が狂気を感じた。
 

社会課題としての視点では不平等、貧困、福祉、地域環境、就労問題、メンタルヘルス等々多くのエッセンスが複雑に入り組んでいたが、煎じ詰めれば「尊厳」、「資本主義の歪み」「社会的弱者への配慮」に行き着く気がした。映画の封切り当初はコロナ以前であったが、予見を感じられる箇所があり、そこは少しゾッとした。そしてこの映画も“PUNK”だと思った。PUNK自体が元来社会課題に対するメッセージ表現なのだから当然か。
 

ストーリーの山場にはいくつかの強烈なシューティングのシーンがあった。不謹慎かもしれないがそれらの場面にはなぜか微かな美も感じられた。また今回、タクシードライバーでトラビス役(社会底辺における正義漢)を演じたデニーロが、権力・権威・富の象徴としてのマレーを演じ、前回とは逆の立場となって銃殺されるという設定はとてもイロニカルで古い映画ファンには面白い演出だった。
 

本作は映画バットマンとの関連があるそうだが、バットマンは実は見たことが無いので、その部分での楽しみ方は分からなかった。それでも十分に興味深い作品だった。これは自宅でなく映画館で見るべき作品だね。そうしていればトータルで受ける印象がまた大きく違っていたかもしれない。ラストシーンの「えっ!?なーんだ」と驚かされた箇所だけは、少しくどいと思ったけれど。

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