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芝居しばきにいかへんかァ?【エッセイ】兵庫から下北沢の小劇場まで行ってカンゲキした話

パペット人形のライオンはテンポよく喋っていく。コミカルに身もだえしながら、同じくパペット牛はそれを柔らかく受け止めてうなずく。舞台の二つの人形を見ながら俺の横のしょうちゃんは、さっきから大爆笑している。パペットライオンはちょっと深いこと喋っている。芝居が続いている。「コワー」身もだえて言うライオンのパペット。小劇場の舞台には、男女の二人組。それぞれ片手にパペット人形をつけて語り合っている。打ち明け話をする男。これがもう少し普通に対話してたら、悲しくて見てられない会話のシーンだ。演劇だから目を背けることもできるが、俺は目が離せないでいる。ライオンはブルブル震えたり、くねくねと身もだえしたりして、男の言葉を代弁している。俺はしょうちゃんと二人、下北沢の小劇場『楽園』で演劇『物語ほど上手くはいかない物語ルート1』を見ている。
人生初の演劇観劇だ。
当日の飛び込みで入った劇場。小劇場ではその日正統派の戯曲が上演された。俺は演劇を見るのは初めてで小劇場に足を踏み入れるのも、もちろん初めてだ。てか、兵庫県から東京に来るのも3回目で下北沢は今回で2回目。おのぼりさんの田舎っぺが元役者のしょうちゃんに案内してもらっている。
劇場の入口の地下に続く階段を降りていくところから少し緊張と期待する。前情報なしの演劇だ。わけわからんかったらどないしようと(←関西弁)不安も大きくなる。真っ暗な階段の途中で入場料を払ってチケットを買う。しょうちゃんは俺にチケットを手渡すとスイスイと中に入っていく。小劇場『楽園』はすこし特別な作りになっていて「客席の真ん中に柱があんねん」と東京に住んでるけど、なぜかゴリゴリの大阪弁で話すしょうちゃんが言っていたとおりで。
 客席の中央に柱があって少し邪魔だった。しかし「その柱を利用することで他ではできん演出もできんねんで」と、これもしょうちゃんの言葉
「柱をぐるぐると追いかけっことか」なんか楽しそう。
「バターになるやつかな?」俺は茶化す。

小劇場『楽園』にて


しばらくすると6、70人くらいで満席になる小さな小さな劇場は満員になった。演劇は定刻で始まった。しょうちゃんが言うことには、お客さんが少なかったりしたら少し時間が変わるらしい。確か客の入りを待つためにだったかな。詳しく理由を聞いたけど忘れた。下北沢には小劇場がたくさんある。俺はしょうちゃんに案内されて3,4箇所見て回った。

木がラピュタみたい


そして楽園という小劇場で『物語ほどうまくはいかない物語』 という芝居を見ることにした。正統派の戯曲だった。俺は戯曲とオペラの違いもオペラとミュージカルの舞台でさえもろくに見たことないと言うと。しょうちゃんが説明してくれた。ざっくり言うと、戯曲の定義はロックと同じだそうだ。本人が戯曲と言えばそれは戯曲。しょうちゃん的にはセリフのみで進んでいく劇が戯曲だそうだ。俺が首をかしげながら、「チェーホフとか?」と聞くと、
しょうちゃんは嬉しそうに、「そう!」と言ったし、「シェイクスピアも?」と続けると、「そうそう!!」と嬉しそうに答えた後、ぎょろりと目を向いて、ちょけた。

俺もつられた。

駅前にて 酒フェアでお酒をたしなむ


下北沢には10時半には着いた。
11時にしょうちゃんと合流することになっていたので、少々早かった。が、楽しみだったので、少しくらい待つのは苦にならない。11時にしょうちゃんと合流すると、しょうちゃんは少し戸惑っている様子だった。
以前と比べて、下北沢の景観がガラッと変わっていたからだ。しょうちゃんの記憶と違い今の下北沢は駅前の開かずの踏切がなくなっているそうだ。俺が、知らない店があるん?と聞くと、違った。お店が入れ替わるのは「ようあること」らしい。「夢を見て出店して、いつの間にか知らないうちに1、2年もしたらつぶれてまうねん」新陳代謝の活発な街だと思った。駅前の景色がだいぶ変わったそう。
しょうちゃんもコロナ禍になる前に来たきりで、久々の下北沢での観劇だそうだ。歩きながらつらつらと話をする。たわいもないことや質問、この街の歴史のことも少し聞いた。ホンダ?オータ?っていう人が下北沢に劇場をたくさん作って、この街の発展に大きく貢献したらしい。今はその次の代で……。アルコール入ってたからよく覚えてないや。
酔っ払いながら二人のおっさんは下北沢をぐるぐる歩く。話す。そしてくだらないことを言って笑いあう。ビレバンに行ってみたり。ぼっちザロックって知ってる? って聞いたり。しょうちゃんは知らなかった。面白いステッカーの売っているお店で、俺は弟用と自分用に、「このチキン野郎」と「夢見がち」と書かれたステッカーを買った。駅前で酒フェアをしていたので、梅酒とモンスターでカフェインとアルコールをチャンポンして今日の本番である劇場『楽園』(ぐるぐる回っている時に前もって目星をつけておいた)へと向かう。

楽園の客席から 満員だった


まっ暗から灯がともり光が舞台を照らし始めると、レディオヘッドの曲(名前は忘れたが静かに始まる曲だ)が流れる。雨音の様に静かに始まる音楽。しばらくするとゆっくり目が慣れてくる。小劇場で上演が始まった。と、まあこのまま舞台描写をするのは難しいし、舞台の良さは伝わらないからやめとく。

結論から書こう。人生初の観劇。非常に感激した。
そういったらしょうちゃんは「おぅ!感激したか」って、豪快に笑った。
物語『物語ほど上手くはいかない物語』は、小説家の主人公とその周囲人間を描いた劇だった。 終わってからしょうちゃんと、小劇場『楽園』の前の道でアイコンタクトしてうなずくと俺らは「おもろかったな!!」「よかったな!」と言い合い、感想が冷めやらぬうちに居酒屋へと直行した。将棋の感想戦みたいに観劇の第二ラウンド。感想戦で語り始めた。
 しょうちゃんに俺は「人生初の芝居やから物差しないけど……。」と前置きして、イイと思ったと告げた。
会話も小説にはないスピード感があり、テンポが良くてセリフや見ぶりがリアルタイムのダイレクトで伝わってよかったし、笑えるところもあったと感想を言うと、「1時間50分って長い方やけど疲れた?」と聞かれたので「全然」と首を振った。
しょうちゃんは生ビール、俺はリンゴサワーで乾杯すると感想戦はヒートアップしていく。
「最初のページをめくる場面、ちょっとわざとらしかったから、大丈夫? この芝居って思ったけどな。」
「ああ、それと主人公と父親の絡みも大丈夫? と思った。」
アルコールで喉を潤しつつ語る。
「キャラクター全員のヘイト高かったな。」
感想戦の観劇2ラウンドの2人の会話は、ボクシングの殴り合いみたいにそれぞれ止まらなかった。しょうちゃんと俺は、
「ウザさの閾値いっぱいまでウザかったよな、全員。」
「そうそう、全員ヤバかった。全員ウザかった。」
と言い、そしてそこで、2人揃って。
「いい意味で!」
と乾杯した。グラスがぶつかって音を立てた。クロスカウンターみたに決まった。


パンフレットもらった


2人ともアルコールとお互いの言葉で気持ちよーくなっていった。感想戦の言葉でのボクシング。感想のパンチは次々とテンポよく進んでいく。
「前情報なしのレビューなし。やけど、いい芝居見れてよかった」
「二度と同じのを見れんから感動して帰るとやばいな」
俺らは2時間制限の居酒屋で2時間ずっと感想戦を繰り広げた。
俺は演劇は、映画と違って視線のやり場にいい意味で困ると感じた。というのも俺が観ているのはカメラ越しで決まった切り取られた角度ではなく、個人の目なのである。例えば、しょうちゃんが主人公たちのやり取りを見てたとしても、俺の目はそのこととは違った客席の真ん中にある小屋の柱に裏に隠れているもう一人の方を見ていることもあるし(小劇場楽園の客席の真ん中には柱がありその向こうにも部屋がある設定だった)自分でカメラワークを考えて、演劇をみることになるから その時観たいところを観れる。
それと、映画ほど大きな音はせずに低音が耳に来ないから見てられたと言った。
アルコールが回ってきたらしょうちゃんは自分のやりたいと思っていた 理想の芝居のことを語ってくれた。
面白いので書いておく。しょうちゃん曰く「芝居って、足し算の芝居と、引き算の芝居があると思うねん。」とのこと 足し算の芝居とはいわゆる喋くりで言葉を重ねて重ねていく芝居のことでこれは割と笑いも取れるらしい。繰り返しでお客を笑かすことも怒らせることも割とできるという。
でも一方で、喋らない。いやむしろ喋らせるな。欠落の美意識で作られた空間、察してくれる空間。それを作ることこそ大変だと言っていた。その時はあまりピンとこなかったが、確か翌日だったか、テレビでお笑いの番組を見てて、お笑い芸人が同じことを繰り返しているのを見て、ああ、……こういうことかと腑に落ちた。てんどんというやつらしい。
芝居は全体的に静かだった。
「主役はほぼ顔の表情が変わらないけど、存在感があった」としょうちゃんは言った。なるほどやっぱり目に入るところが違うなと思った。今日は再演で、「さすが再演されるだけあったわ。たった六人でようここまでできたのがすごい」としょうちゃんはベタボメだった。
 俺は疑問を素直に訊いてみる。しょうちゃんなら答えられると思ったから。「芝居って何人でするもんなん?」しょうちゃんは無知な俺の質問と真正面から向き合ってくれる。
「何人でも。芝居は一人でもできるで。それこそ一人ででも、路上ででもできるよ。」
居酒屋で腕時計の長い針がだいたい二周して、俺はリンゴサワーと梅酒、しょうちゃんは生ビール4、5杯飲むと、そろそろ二人とも疲れてきた。
たくさん喋って自分の考えを確認できたし、いろんなこと、お互いの今の生活とか、学生の頃のエピソードなどなど、知ることができた。兵庫から東京に出てきて、たくさん歩いたから靴ズレができたのと、足の付け根が痛んだが、満足のいくイイ一日が過ごせた。

これは神戸 


下北沢に行くときは演劇を見るのがおすすめだ。そして演劇を見た後は居酒屋で感想戦としてのトークを観劇と同じ長さくらいじっくりするといい。
芝居の第二ラウンドだ。いい芝居の後は、きっと言葉が溢れてくるから。
お互いのパンツ一丁の飾らない裸の感想をさらけ出して言葉で容赦なく殴り合うのが気持ちいい。
 やめられなくなる。
 そのパンチのダメージに酔って一人フラフラと帰るのもいいもんだ。感想戦が終わると、俺たち二人は再会を約束して試合の後のボクサーみたく別れた。
帰り道、俺は一人黙って電車に乗った。帰り着いた俺は、兵庫県の自宅で少し前の思い出を咀嚼しながら、レディオヘッドの曲を聴いている。曲名はNo Surprises。
レディオヘッドの曲で始まって、レディオヘッドの曲で終わった演劇。雨粒みたいな音が劇場に滴り落ちて、静かに劇は幕を下ろした。あの日はそういえば、外に出ると少し雨が降っていた。

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