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路傍小話

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路傍工芸の妄想を文字にしたものを公開します。
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2015年7月の記事一覧

T.A(その2)

 ウェルグリー大尉が参加してからも暗号解読は遅遅として進まず、日本軍は快進撃を続けていた。
 
 どうしても、あのイラストの謎が解けないのだ。
 各地から上がってくる日本軍の行動と暗号を精査し、研究するのだが、最後に行き詰まるのはいつも「T.A」である。
 
「このままでは埒が明かない。」
「単純なイラストだ。もしかしたら日本軍捕虜の兵卒なら何かわかるのではないか。」
「軍機を敵の捕虜には見せられ

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【最終話】対戦車の星(その9)

「荒川瑠心 様」から始まる手紙が荒川の下駄箱に入っていた。

 達筆なペン字で書かれたその手紙には杉村の、ある馬鹿げた決意が書かれていた。
 杉村は今日は体調不良かなにかで午後から帰っている。
 その帰りぎわに下駄箱に入れていったに違いない。

 メモフォンにメールを送ればいいのに、杉村は頑固に手書きにこだわる。
 ああいうのが嫌いなのだ。
 親世代が使っているスマホで躓いた杉村はその後継であるメ

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対戦車の星(その8)

「いいかげんにしろ!できるわけないだろうが!」
「顧問は甘いんですよ!」
「出て行け!」

 バン!
 顧問が机を叩く音と、杉村がドアを激しく開ける音がかぶさる。
 杉村が部室から歩きも荒く出て行く。

「先輩どうしたんですか!」
 荒川は部室の外でそばみみをたてていた。
 こういうときも空気を読まずに荒川は杉村にくっついていく。
 杉村は無言だった。
 荒川も無言でついていく。一緒に怒った顔をし

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対戦車の星(その7)

 日本中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 今回日本は160名の隊員を派遣したのだが、そのうち警護任務に就いていた20名中、9名が死亡してしまった。
 重軽傷者は11名、つまり全員なんらかの怪我を負っている。
 有志連合軍の補給部隊の車列に突っ込んできたゲリラの戦車部隊との戦闘での損害だった。

 日本隊以外の有志連合軍の死者は25名、重軽傷者は60名、多数の車両、補給物資が破壊されたが、潰

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対戦車の星(その6)

 杉村は煩悶していた。
 自分はどこから来て、どこへ行くのか。
 今年は大学受験に備えて人並みに対策をしなければならない。
 もとより学業成績は上位で、国立上位の大学は狙える位置にある。 
 大学に入った、卒業した、さあ、それから俺はどうするんだ。

 無反動砲を扱いたければ自衛隊に入るのが一番に思われるが、無反動砲を四六時中撃てる環境というわけでもないらしいことは調べて知っている。
 対戦車部隊

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対戦車の星(その5)

 場所によっては癌も完治し、治らない癌も副作用の少ない抗ガン剤で楽に延命できる。火星の有人探査は来年帰還し、探査員のうちの一人は日本人飛行士で、天文ファンのみならず日本中がいまかいまかと待ちかまえている。
 リニアカーは東京博多間を往復し、新幹線は新旭川、新釧路と鹿児島中央を結んで営業中。
 
 しかしまだ世界から戦争、紛争の類はなくならない。

 数十年前、杉村達の両親くらいの日本人が子供だった

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対戦車の星(その4)

 アフガンで米戦車が原理主義ゲリラによって数両破壊されたというニュースが流れた。
 アフガンに展開する有志連合軍の主力である米軍は5万の大軍を派兵していたが、それは先日のゲリラ掃討戦のさなかでの出来事だった。
 戦闘自体は有志連合軍の圧勝で、ゲリラ勢力はさらに追い詰められた格好となったのだが、米軍のシュワルツコフ改戦車に被害が出たことが世間の耳目を引いた。
 
「自爆覚悟のゲリラ兵士と訓練された対

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対戦車の星(その3)

「自衛隊じゃなきゃ対戦車マンじゃないっていうんですか!」
 くってかかったのは荒川だった。
 目の前の迷彩服の男、星村は先輩の腕前に嫉妬している。
 荒川はその嫉妬の感情をいっぱいに吸い込んだ。
「荒川、黙ってろ。」
「だって、先輩!」

「そんなケチな了見じゃあないね。ハートだよ、ハート!」
 星村は胸をどんと叩いてみせた。
「ま、荒川ちゃん、だっけ?そっちの可愛いお嬢ちゃんは思っているだろうな

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対戦車の星(その2)

「先輩、駅までご一緒します!」
「荒川か。」

 東川崎高校無反動砲部の1年生、荒川瑠心(るこ)は部活のない日は必ず杉村の後を追って駅までついていく。
 大会が終わると一気に夏はかけ過ぎていく。
 今年は特に早かった。
 杉村への取材などが学校にひっきりなしにくるなどして、慌ただしさが全校を覆ったためだ。
 
 しかしそういった喧噪も過ぎ去り、季節は秋になりつつあった。
 日常は平穏を取り戻し、天

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対戦車の星(その1)

 ここは富士山麓に広がる広大な演習場の一角。
 全国から無反動砲の技量を競う者達の祭典が行われていた。

 無反動砲とは、通常の大砲には必ずついてくる、射撃の際の反動がないように設計された砲で、この話では、もっぱら個人で携行できる対戦車火器の事を言う。
 「バズーカ砲」という名前で頭に浮かぶ兵器があるだろう。
 まさにそれが無反動砲である。

 さて、その無反動砲であるが、その技量を競うブームが起

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【最終話】T.A(その3)

「大佐!「ヌキ」についての報告です。」
「もういい、どうせまた「カンヌキ」だとか「イアイヌキ」だとか、ヌキのついた日本語見つけました!だろう。」
「・・・ケヌキ」
「手がかり無しか・・・」

 総力を挙げた暗号解読であるが、暗礁に乗り上げたままどうしても船は進まない。
 すでにタヌキとセンヌキ、そしてヌキに関する日本語は調べ尽くした。
 古語にいたるまで渉猟し、あらゆる文化的観点からも考察し、これ

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T.A(その1)

「ようこそ、ウェルグリー大尉!」
 ウェルグリー大尉に握手を求めてきたのは陸軍情報部の大物、スコット大佐だった。
「初めまして、大佐。」
 ウェルグリー大尉はかしこまって握手をした。
「固くならないで欲しい。我々は君の助けを必要としているのだ。」
「お話は伺っております。」
「真珠湾、あれが事前にわかっていたということはご存じかな。」
「はい、日本軍の暗号はすでに解かれ、あたかも通常郵便のごとく飛

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【最終回】龍驤さんは鎮守府の守り神(その6)

「せまいよーくらいよーこわいよー」

 ここは倒壊した鎮守府本館の一角、瓦礫の中で提督が武蔵に抱きついて泣きじゃくっていた。

「提督、すまなかった。まさか攻撃からも守れという任務だとは思わなかったものでな・・・」

 居合わせた龍驤、葛城、駆逐の艦娘達は「ないない」
 とかぶりをふった。
 大和はひとりコロコロ笑っている。
「武蔵ちゃん、だよねー」

「提督、さっきは言い過ぎました!」
 吹雪が

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龍驤さんは鎮守府の守り神(その5)

「姉者どうした、誰か殺しに来たのか?」
 大和を見つけて開口一番、武蔵は訊ねた。
「あらぁ武蔵ちゃん、最近はさっぱりなのよ。」
「そうか、私の方もサッパリだ。」
 
「殺害から離れられへんのかあの姉妹は。」
「挨拶代わりに殺す殺すって言ってますね。」
 泥棒かぶりの葛城が言う。
 二人はハラハラしながら廊下の角から見守る。
「姉妹とも動力は150,000馬力ちゅうこっちゃけど、脳みそは陸さんのチハ

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