対戦車の星(その1)
ここは富士山麓に広がる広大な演習場の一角。
全国から無反動砲の技量を競う者達の祭典が行われていた。
無反動砲とは、通常の大砲には必ずついてくる、射撃の際の反動がないように設計された砲で、この話では、もっぱら個人で携行できる対戦車火器の事を言う。
「バズーカ砲」という名前で頭に浮かぶ兵器があるだろう。
まさにそれが無反動砲である。
さて、その無反動砲であるが、その技量を競うブームが起きて久しい。
今では500校を越える全国の高校大学に部活があるし、無反動砲競技をモチーフにしたドラマや映画が何作も世に出ている。
毎夏開かれる「全国無反動競技選手権大会」は夏の高校野球と並んで日本人の最も好む夏のお祭り騒ぎだ。
プロの自衛隊からも選りすぐりの選手が出るが、大学、高校の部も負けてはいない。
次は誰が当てるか。やはり自衛隊チームか、いやいや、大学勢も最近は勢いが良いし、小粒でもぴりりと辛いのが高校勢にも混じっている。
最近もっとも注目されているのは、東川崎高校の杉村選手だ。
若干17歳にして各種大会で優秀賞を総なめし、その神技は日本はおろか、最近は海外の軍隊でも名前が挙がるほどだという。
大会も大詰め、その杉村選手の出番である。
杉村選手の対抗馬は自衛隊チーム、普通科連隊の対戦車小隊長、星村2等陸尉だ。
星村2尉は無反動砲の扱いにかけてはまさに右に並ぶ者のいない男で、競技で使用される66mm携帯無反動砲が自衛隊に配備された最初期からの使用者である。
彼はこの無反動砲の個人的技量に長けたほか、運用に常人の思い至らぬ発想を取入れ、革新的な対戦車戦闘戦術を切り開いたことにより、自衛隊初の対戦車徽章が授与された。
彼の対戦車戦術は自衛隊の教範に載り、後に米軍も採用し、世界中の戦車乗りを恐慌に陥れる。
対戦車界の草分けは今大会でも好調だった。
杉村は安全距離を置いた隣の射座にいる星村をキッとにらんだ。
ー対戦車道の頂点に立つ男、星村2尉
あいつを下せば俺の無反動砲技量は世界一にも等しいー
杉村は野心を隠しはしなかった。
競技が開始される。
3個の動く的が間隔を置いて前方に現れる。
この的に3発を撃ち、得点を競うというシンプルなルールである。
過去の無反動砲と違い、弾は一人で装填可能であるため、射撃、装填の一連の動作の素早さが重要となってくる。
一発目
ドシュウ!
星村の放つ弾は見事に先頭的に命中する。
異常な速さで星村は最装填し、撃つ。
ドシュウ!
中心はやや外れたものの、今度は最後尾の的に命中した。
機械のような正確な動きで最装填、射撃、そして真ん中の的も命中して吹っ飛んだ。
会場からわき起こる歓声!
歓声はおそらくテレビ中継を通じて日本中であがっていることだろう。
注目している各国の軍関係者も感嘆の声を漏らしているに違いない。
杉村はしかし、この神業を見て臆さなかった。
ー勝てる。
星村2尉は二発目、中心をわずかに外した。
俺なら全てど真ん中に入れられる。ー
歓声も次第にやみ、ついに杉村の番となる。
一発目
杉村は難なく先頭的中央に命中させて吹っ飛ばす。
星村に負けぬ正確さで装填し、二発目
ー!?-
的がおかしい。最後尾の的がぐらぐらしている。
ー駄目だ、いま放ってはー
杉村の直感がそう叫んだ。
果たして最後尾の的が枠から落ちる。固定が甘かったのだ。
ドシュウ!
杉村はこの刹那にある考えを実行する。
2発目は落ちた的の下方に命中し爆発する。
その爆風で的は宙に舞い上がる。
杉村は狂ったような速度で最装填、3発目を射撃する。
舞い上がった的はひらひらと真ん中の的に向かう。
舞い落ちる的が真ん中の的と重なる、その瞬間!
杉村の放った3発目は見事二枚まとめて的のど真ん中を射抜いてもろともに吹っ飛ばした。
会場は静まりかえっていた。
実況もやんだ。
そして、何秒、何分たったか
ワアアーーーー!
会場から大歓声がわき起こった。
日本中で、世界中でこだまするような大歓声だった。
杉村は自身信じられず、呆然と立っていたが、やがて自らの偉業を認識した。横目でちらりと星村を見る。
星村2尉は醒めた顔で立っているようだったが、視線に気付くと、親指をたてた。聞こえないが「グッジョブ」とでも言っているようだ。
この日、杉村は対戦車の星となった。
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