【最終回】龍驤さんは鎮守府の守り神(その6)

「せまいよーくらいよーこわいよー」

 ここは倒壊した鎮守府本館の一角、瓦礫の中で提督が武蔵に抱きついて泣きじゃくっていた。

「提督、すまなかった。まさか攻撃からも守れという任務だとは思わなかったものでな・・・」

 居合わせた龍驤、葛城、駆逐の艦娘達は「ないない」
 とかぶりをふった。
 大和はひとりコロコロ笑っている。
「武蔵ちゃん、だよねー」

「提督、さっきは言い過ぎました!」
 吹雪が叫んだ。
「提督、すみませんでした!」
 一斉に駆逐の艦娘達が頭を下げる。

「ひっくひっく・・・うわあああん!」
「提督、もう泣くな。
 吹雪達も謝っている。」
 武蔵が優しく諭す。
「ふ、吹雪は僕の母になる艦娘だったのにー!」

「なんねーよ!」
 吹雪がゆで卵を地面にたたきつける。
 普段ほがらかで明るい吹雪の豹変に龍驤と葛城はびっくりして彼女を凝視した。
「ふざけんな!天井落ちてきてアタシを盾にしたくせに!
 あんた母ちゃん殺す気なのかよ!」
 まわりの駆逐達が吹雪を抑えるが、はちきれんばかりに怒っている吹雪はとまらない。

「かっこいいかと思ってたらシャツはインだし、親指は吸うし、貧乏揺すりもご立派!しかもマザコンのロリコンかよ!ぺっ!」
 吹雪が提督に向かって唾を吐く。
 普段の可憐な顔が憎々しく歪んでいる。しかしその歪んだ顔もまた、どことなく可愛いのがこの際は恐ろしかった。
 あのやさしくて明るい吹雪が怒ることなどあるのだろうか、というのは周囲の艦娘達全員がもっていた漠然とした疑問だったのだが、その答えがいま眼前にあった。

「ま・・・まあまあ、吹雪、なんぼクソ野郎かて、あないに泣いとるんじゃ、そのへんにしときいな。」
「龍驤さんは黙っててください!」
 提督を憎むことにかけては人一倍だと自負していた龍驤があしらわれた。
 しかし言い過ぎたことに気付いた吹雪は顔を真っ赤にして龍驤に謝る。
「すみませんでした・・・!」
 頭を下げた吹雪から涙がしたたった。
「吹雪、もう下がって休んどれ。
 ほかの駆逐も吹雪連れて居室に帰り。」
 龍驤に促された駆逐達はぞろぞろと帰って行った。

「いけすかんエリートには幼稚な弱点があるっちゅう伝統のパターンやったか。」
「龍驤先輩、もう再起不能ですね、提督」
 龍驤は横目でチラと提督を見た。
「駄目やろな。」
「ほうでふね。」
 駆逐からもらったゆで卵をほおばりながら葛城は答える。
 
 対潜ミーティング自体はしっかりしたものだったのだが、提督は巧妙に駆逐達をエロい方に誘導していた、とは比較的醒めていた深雪の述懐である。

 深雪によると、ハンサムで優しい提督の口車に乗せられ、駆逐達はみなむずむずと、あらぬ感情を昂ぶらせていた。
 その好奇を逃さず、提督はゆで卵パーティーをやろうと言い出した。
 駆逐達は提督がこのゆで卵で何かイタズラでもするんだろう、ま、いっか、という空気を共有していたそうだ。当の深雪も淫らな興味に胸がいっぱいだったという。
 そう、深雪はあけすけに龍驤に語った。

「間一髪やった。」
「あほひょっとへくひくはひは・・・」
 葛城は青ざめてぶるっと震えた。
「葛城、深刻な顔しとるんやさかいゆで卵口に入れてしゃべんなや。」
「あとちょっとで駆逐達が・・・」
 あらためて葛城は青ざめてぶるっと震えた。

 大和が放った一弾とその衝撃波はミーティングルームに乱入し、部屋全体を崩落させた。
 その際にとった提督の浅ましい行動は駆逐達を一瞬で失望させる。
 みながかすかに抱いていた提督の欠点は圧倒的なカリスマで覆われており指摘を受けることはなかったが、カリスマが消え失せた瞬間にその脆弱な横っ腹を露出した。
 その横っ腹を真っ先に吹雪が食い破った。
 あとは雪崩を打って駆逐達が提督達に襲いかかる。
 戦意を喪失したボクサーをなおも殴り続ける審判無きボクシングとでもいおうか。
 若く分別に欠ける駆逐達は躊躇しなかった。

 しかし武蔵が入ってきたのを認めた駆逐達は流石に提督いじめをやめた。
 ボロボロと泣く提督を武蔵がヒョイと持ち上げて抱っこしてやると、提督は武蔵の胸に顔を埋め、さめざめと自分の生い立ちや自分のとめられない性癖を赤裸々に告白した。
 それを大和が笑顔で「いいのよーいいのよー提督ーいいのよー」と言いながら優しく後頭部をなでる。
 二人ともさっき殺そうとしていたくせに、やけに優しい。

 ここにようやく龍驤達が駆けつけたのだ。
 その時にはすでに提督は武蔵の胸で泣く一個の赤ん坊となっていた。

「ペドミラルの奴、大人の艦娘は苦手やゆうて観賞用にしとったが、結局受け容れてくれたんは大人の艦娘やったな。」
「武蔵さん、お母さんみたいでしたねー」
 葛城がほっこりと笑う。
「本来、若いっちゅうか、幼い艦娘は残酷なんや。ペドミラルの計算違いちゅうわけやな。」
「次の提督は誰が来るんでしょうね。」
「さてな。マトモなのがくればええんやけど。」

 翌日、提督は後送されて基地の衛兵司令になった。

 提督不在間は秘書艦が鎮守府を取り仕切るのだが、愛宕では無理だったため、龍驤が補佐としてつき、実質、龍驤が鎮守府を切り盛りした。

 提督不在4日目、鎮守府に提督選考の難が伝えられる。
 エリートを鎮守府に提督として行かせると、そのたび数ヶ月で基地の衛兵司令になるのだから、誰もが嫌がる。
「まともな奴がこんからやろ!鎮守府はわるうないわい!」
 龍驤の怒りはもっともだが、通じるわけではない。

 提督不在7日目の朝、黒塗りの車が鎮守府の仮本館前に止まる。
 中からひとりの軍人が降り立った。

「よぉー!みんな元気だったかー!」
 軍人は前提督であった。
「誰もなりたがらんっていうから、仕方なく俺が引き受けた!」

「げ、ヘンタイ!生きとったんか!」
 出迎えに飛んできた龍驤は露骨に叫んだ。
 
「生きてたぞー!衛兵司令で男を磨かせてもらった!」
 前提督は職権を濫用し、基地に出入りする女性軍属や業者の荷物点検と身体検査をしまくっていたのだが、それが「磨いた」であるらしかった。

「しゃあない、頼むでホンマ!」

「よおっし、やるかーアレをー鎮守府伝統のアレをー!」
「やらんわーーーーい!」

 昨日も今日も明日も鎮守府は平常運転

 完

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