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嫌いだ 全部 好きなのに


この街の電車はいつも、人よりも上を走っていた。

今、私が住んでいる場所は地下鉄が最寄りだから、余計に街中の光を浴びて人々の頭上を走っていくこの街の電車が少し異様で、まだその光景を見慣れなかった頃は銀河鉄道みたく見えていた。

光の上に光がある。

色の上に色がある。

重ねられて、塗りつぶされて、影が出来て、また別の光になって、何度でも何度でも、この街を照らしている。

その光の間を切り裂くように走るあの電車に乗って、私達はどこまで行けるだろうか。

どこまで、行きたいのだろうか。


私があの電車に乗ってこの街までくる理由はいつも、歌を歌う時だった。



ファンとやら




幼なじみが「俺のファンがさぁ、」と言い始めた頃からなんとなく、地元にいた頃の私は「・・・ファンってなに?」って、心地悪さを感じていた。


暇さえあれば、水晶谷に水晶を探しに行って泥だらけになっていたクセに。一緒にグラウンドのバスケットコート壊して怒られていたクセに。勝手に大人になって、一足も二足も先に自分の夢が叶うことだけを信じて、どんどん走って先に行ってしまったケンには、東京で、彼を囲むファンがいた。

久しぶりに会った時、夜道を歩きながら見せてくれたミュージックビデオには確かにケンが映っていて、ファンからもらったのだというその靴は確かにケンの趣味では選びそうにもないような色合いのもので、そういう一つ一つが、どうやらケンが本当にちゃんと「東京の人」としてメシを食ってる証拠になったように思えて、それが本当にちゃんと急に、確かに遠い場所で生きているのだということをありありと感じさせた。

「お前も東京来いよ。そんなちっぽけな悩み、どーだってよくなるぜ。」

ちっぽけな悩み、なんかじゃなかった。私が長野で日々抱えていた悩みだって、ちっぽけな悩みなんかじゃなかった。それでも東京に行ったからって、ミュージックビデオに出たからって、そんなふうに言われたら、何も言い返すことができなくて、だから私は、食い気味になって言うしかなかった。

「東京に行っただけでどうでも良くなるような悩みなんかこの世にはないの!」

だけど、そんな私の言葉だって、笑いながらただ飄々と「いいから東京来いって。」と交わされるだけだった。東京になんて、東京になんて、東京になんて、なんにも無いくせに。

そう思っていたはずなのに、それなのに、結局私はこの街に来てしまった。飛び込んできてしまった。

2020年3月30日のことだった。

あれから3年が経った。

ずっと私は”東京で生きる人”だ。決して、ケンみたく”東京を生きる人”ではない。



主人公性



東京で目に付く、あらゆることを片っ端からやってみた。全部、全部、何ひとつだって長野にはなかったから、すべてが新鮮に見えた。

ヨガに行ったのも、そのひとつだった。ヨガが終わった後に、チャイをご馳走になりながら、他の参加者と少しだけ会話をする時間があった。

どこに住んでいるのか。
なんの仕事をしているのか。
普段はどんなことをして過ごしているのか。

他の人が皆、なぜここにいるのかを話す中、最後まで何も言わずにただ話をじっと聞いていた女の子がいた。

「あなたは?」

参加者の一人にそう聞かれると、その女の子は言った。

「私は、なんにも。音楽、ちょっとやってるだけ。みんなちゃんと人生してて、凄いな。私には、何もないから。」

今”物語”が生まれるとしたら、主人公になるのはこの子だ。そう、自然と思った。キラリと光る原石ってこういうことなんだなっていうのが確かに分かった。主人公たらしめる何かがあった。それは、言葉では形容し難い“何か”だった。何もない、というのも多分本当で、謙遜の気持ちも多分本当で、だけど「音楽をやっている」ってことがその女の子にとってはちゃんと、きっと、誇りだった。それが、伝わってきた。

物語の中には、必ず主人公がいる。主人公に、なるべくしてなる人がいる。
そして、その周りには、助演がいて、通行人Aがいる。

皆、自分の人生の中においては誰しもが「自分」が主人公なのだとして、それでも時々、他人の人生においてまで、その人自身の「主人公性」が垣間見える人というのが、確実に存在する。

それはきっと、その人自身から目が離せなくなること、その人の持つ能力をずっと見ていたくなること、奏でる音をずっと聞いていたくなること、そんな能力と、にじみ出るスター性みたいなものなのかもしれない。


◇◇◇



“初めての長野での路上ライブ!
きっと極寒であろう長野。
気合い入れて超極暖防寒着で向かいます。
たくさんの方々に、出会えますように。”


あれからというもの、素性は知らないけれど、路上ライブの様子を録った動画にやっぱり惹かれて、動画があがるたびに、見続けていた。

とても素敵な歌声で、歌を、まっすぐ丁寧に歌う女の子だった。

東京だけじゃなくて、長野の地に、あの子の歌声が響き渡るんだと思うと、ただ嬉しかった。

その女の子の、長野での路上ライブを終えた報告は、東京にいる私に、こんな形で届いた。


今日の路上ライブでは、正直傷ついたことがありました。
歌う前から観衆から放たれた「結構ブサイクだな」という言葉。
”私は顔で売っていません。歌を歌いに来ました。”
それだけ返しました。ファンの人がたくさん来てくれた前だったから。
正直キレたかったし悲しかったし辛かった。歌っている間も、何度言葉が頭をよぎったことか。どれだけ胸に刺さったか。それはきっと、あの人達には計り知れない。どうか、思ったことを口に出す前に、一度それを言ったら相手がどう思うか考えてみてください。強く見える人にも、きっと弱い一面はあります。傷つくことだってあるさ。私も、改めて言動に気をつけようと思った1日でした。

感情的にならずあの場を丸く収めて
泣きたい気持ちを堪えながらも
笑顔で最後まで歌えた自分を
今日だけは褒めてあげたいです。

普段は自分に自信ないけど
今日だけは褒めたい。頑張った。


故郷が大好きな私にとって、ひどく胸をえぐる衝撃だった。


きっと、張り裂けそうな思いがしただろう。


初めての地で、冬の寒い長野の路上で、歌だけで勝負しに来たのに、歌じゃないことで心無い言葉を投げつけられて。

どんな気持ちでその後の歌を歌って、どんな気持ちで最後に笑顔で他のファンと写真を撮って、どんな気持ちで、あの新幹線口までの一本道を、ギターを背負って歩いたのだろう。

ごめんね。って、思った。

同じ長野県民として、とても恥ずかしくて、胸が痛かった。


私は自分が生まれ育った地元が大好きだから、県民性をよく褒める。

長野はいいところだよって、褒める。

実際にいいところだし、あたたかい人が沢山いる。

だけど、女の子の中ではきっと“長野“と“この出来事“が、どこかイコールで結ばれて、再び足を踏み入れるのに勇気のいる街として、記憶されてしまったんじゃないかってそう思う。長野が、苦しい記憶の一部として、刻まれてしまったんじゃないかって、そんな風に思う。

応戦してくれる人が100人いようと、1000人いようと、10000人いようと、たった1人から投げつけられた心無い言葉って、多分10000人の声援を越えて突き刺さる。「気にしない方がいいよ」って言われて気にしないでいられるなら、誰も死なないんだ。


◇◇◇


素性を隠して活動することは、ある種、本当の意味での、自分を守る術なのだと思う。

リアルとSNSを完全に分離することで、リアルではリアルの『わたし』でいることができる。強がりだけれど、本当のところ打たれ弱い私なんか、実名を名乗って素性を晒して、それでも文章を書くことなんか一生無いんだと思う。それでも、この20歳の女の子は、ギター1本で知らない地に立ち、嘲笑とたった1人で闘って、「私は歌を歌いにきたんです。」と言い切った。

強いなぁ、と思った。心から、そう思った。


私には、途中まで書いて放ったらかしにしてしまった書きかけの小説がある。その小説を、どうしても途中で書けなくなってしまったのには、理由があった。それは、主人公の女の子が、路上ライブをするという展開になった時に、その子の気持ちを、書き表すことが、私にはどうしても、出来なかったからだ。想像すら、出来なかったからだ。読んでくれてて、続きを楽しみにしてくれていた人が、片手で数えるくらいだとしても、確かにいたのに、続きが、書けなかった。私は、自分で想像できる範囲でしか、言葉を紡ぐことすら出来なかった。


路上ライブができるような女の子の気持ちを、思い描くことが、出来なかった。分からなかった。自分には、路上ライブをするような勇気が、無かったから。素性を晒してまで、SNSでやっていこうという度量が、無かったから。

それでも、あの女の子は、素性を晒して、現実の上を強く生きて、こんなにも強く眩しく、歌を歌いにきたんですと、そうやって言い切って、ちゃんとライブをやり遂げた。

『私は顔で売ってません』

この、大SNS時代に、顔を出して活動していながらも、こんな風に堂々と、「私は顔で売ってません。私は歌を歌いに来たんです」と言い切れる20歳がいる。その事実が、眩しすぎて、心が千切れそうで、悲しくて、落ち込んだ。



***



私には、主人公性も、スター性も、度胸も、何もない。

何の才能も無いんだっていうことを、誰よりもよく、理解していた。

だからこそ人生は、底抜けに楽しかった。

期待しなくてすむから。

何ひとつ期待なんかしていなかったら、出来ないのは当たり前で、出来たらむしろ儲けもん、そんなだけの、感情でいられるから。傷つかないですむから。

そしてまた、この世界は才能で溢れかえっているということも、良く理解していた。

映画、漫画、小説、雑誌、ラジオ、、、あらゆる創作物の中から素敵なものを見つけ出すことが早い段階から得意だった。だからこそ、それを創り出している側の人達の圧倒的な才能も、そこには決して辿り着けないという諦めも、当たり前のようにしてずっと心の中にあった。

外見は、生まれもったものだ。才能は、少なからず遺伝子や生育環境が影響するだろう。自分には何も無い。何も無い、何も何も、無い。

それで全部、遠ざけていた。

気持ちも分からないし、そこには追い付けないし、私はそうはなれないと、目指そうとすらしなかった。



***



だから、今、全部が、新しい。


全部がまっさらな気持ちで、1から、この、人々の頭上を電車が走る街にいる。銀河鉄道みたいに走る電車に乗って、この街に来ている。


「歌って、決めるのももちろん大切だけど、魅せ方も考えて、ライブに出て良かったって最後になれる曲である事が大切かなって思う。自分がただ歌うだけならカラオケで十分だけど、ライブにはそこに聴きに来ている人がいる。その人たちにどう届いてほしいか、どんなふうに聴いてほしいのか、楽しんでほしいのか、心に響かせたいのか、それに見合う自分になれる歌はどういう歌なのか、そういうことを考えて選ぶことで、ステージに立った時に、その像になれている自分に気付く瞬間があるよ。」


私は何者にもなれないし、大きな舞台に立ちたいとも思わない。これからもずっとインターネットの中ではmemeのままだ。なんの告知もできないくせに小さなライブハウスで少しだけ、大好きな音楽をしている。昔からライブハウスが大好きで、音楽がただただ好きで、自分が楽しいと思えていちばん好きな場所だから、だから此処にいるだけだ。


今はただ、選び進んでいくこの道のりの先で、できるだけ傷つかないことを、祈るしかない。

そしてそれ以上に、ずっと楽しく音楽を続けていられますようにと、これに関しては祈るだけでなく、学びの機会や練習を、ずっと大切にしていくことで、自分で確かなものに、するしかない。


音楽が心から好きで、それだけは今とても、幸せに思う。


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