なんだ。東京じゃないか。(ガロ系短編)
第一幕
今日も外はただの東京である。窓の外の景色にフォーカスを合わせたからではない。それはいつもの事だからそう思うのだ。
フォーカスってのは合うと心地よい。しかしどうだろう、気持ちの良い物は常に気持ちの悪い物が対となってくっついている物だ。
さて。
ここはいつもの東横線なのだ。外はしっかり見ていないけれども至極当然なのだ。ぼんやりと外の街並み、いつものビル群があるのが視界の淵からでも、ほら、分かるではないか。
そうここは東京で、東横線の中なのだ。
当たり前に次は”都立大学前”に停車して、その数分後には下車する手はずとなっているに違いないのだ。
ふと、ほんの二秒間、窓の外を見てみた。
どうやらここは東京のようだった。
いやきっと東京なのだ。東京には紫色の円柱型の塔が400mばかりある長身で突っ立っているのだ。
その上の方には高床式住居よろしくネズミ返しの様な、はたまた傘をひっくり返したようなものがくっついていた。
「なんだ、東京じゃないか。」
窓の外なんて退屈なもんだ。
いつも見ているのだから。それに比べて車内はたくさんの広告と、親切丁寧に行先や着くまでの時間、最近では天気なんかも教えてくれる電光掲示板なんて物が。当然ないのだ。
横には当然”本”を読んでいる古臭いおじさんが座っていた。
ふと電車の出入口の上に広告を見つけた。
いつも見るやつだ。
「うがい薬のデンシン」の文字。
その横には黒猫と女の子のイラスト。
「ははぁん。もうすぐ ”冬” が到来するからだな。実に結構。」
第二幕
車内なんて実に退屈なもんだ。
もうすぐ ”冬” も終わるのだから次の季節に向けて早めに広告なんてのを張ってるに過ぎない。
「いやはや、実に退屈なものだ。皆は感心だ。各々が手元の”本”に目を傾け一所懸命に読書に励みながら揺れている。」
「そうだそうだ、あれは”本”なんかじゃない。タブレット?なのだ。全体が液晶で覆われたタブレットで、見たい物によって背面の色も変わる”本”なのだった。」
横のおじさんの”本”に私が右目で”それ”をのぞき込む顔が印刷されているページが現れた。
やはりここは東京なのだ。
紫の塔といつものうがい薬の広告の街。
東京なのだ。
「なんだ。やっぱりここは東京じゃないか。」
あとがき
何が本当で、何が嘘なのか。
既成事実にその選択を委ねるのは簡単である。
然しながら、かく言う私は思うのだ。真実は常にdirected by 嘘であり、恐怖であり、常に無知故の賜物なのだ。
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