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[ 後編 ]言語化できないモヤモヤの共有が、いいクリエイションを生み出していく。|編集者・菅付雅信|下北沢と人vol.1

下北沢らしさってなんだろう。下北沢に住んでいる人、お店をやっている人や働いている人、そんな下北沢で生を刻んでいる人たちの話を聞きまわりながら下北沢「らしさ」を探っていく連載になります。第一回目は下北沢在住の編集者、菅付雅信さんにお話を伺いました。後編ではこれからの時代における場所の重要性や、いいクリエイティブを生むためのモヤモヤの共有についてのお話が広がっていきます。

[下北沢についてたっぷりお話を伺った前編はこちらから]

こだわりを
はっきり持つべき時代へと


ー最近は人と会わずともオンライン上でなんでも完結するようになってきました。そうすると場所の持つ意味はだんだんなくなっていくんでしょうか?

菅付 逆にどんどん増していくと思います。ネットさえ繋がっていればどこでもいいという人達がいる一方で、自分にとってこだわりのある場所や、意味のある場所、もしくは意味のある人と出会える場所を求める人達がいます。場所へのこだわりを持つ人達が、これからすごく出てくると思うんですよね。

ー確かにオンラインが増えていくことで、人と交われる場所を求める人も増えていきそうですね。

菅付 やっぱり人間は動物だから、視覚、聴覚、嗅覚などの五感をどれだけ刺激できるかが、すごく重要です。例えば、お互いが異なる母国語の男女の語学学習で一番効果的なのはピロートーク(注:男女のベッドでの会話)という世界的なジョークがありますよね。ベッドの中での会話はまさに五感を駆使したコミュニケーションなので、一気に言葉を覚えるんです。だから、言語外のコミュニケーションが遮断されるオンラインでの会議では、クリエイティブにおいて言語化できないモヤモヤの部分を共有するのが難しくて、ただの決め事の確認になっちゃうんですよね。

ー対面だと、言語外のコミュニケーションから伝わる部分が大いにありそうですね。人が完全なるオンライン上で生きていく未来も予想されていますが、そういう世界になっていくでしょうか?

菅付 全く思わないですね。コンピュータで完結できることはAIがやればよくて、僕たちは生身の人間と対面してコミュニケートしたり、AIにはできないことをやるべきですね。そこには多くの人は気づいていっていると思います。

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ーAIがたくさん仕事をするようになると、人間の余暇がどんどん増えていきますよね。でも、余暇の過ごし方がわからない人達も多いと思います。

菅付 その時間をパチンコに使うのかNetflixに使うのかは人それぞれなので否定はしないんですけど、見るだけ、聞くだけ、読むだけとか「受け身」なことじゃなくて、自発的に活動する「能動的」なことをやった方が、ほんとは楽しいはずなんですよね。且つそれを人と一緒にやって、できれば世の中から「ありがとう」と言われるといい。それが自分にとって何なのかを探していくことが大事ですね。

ーそれを見つけるためには、きちんと自分と向き合って考えていかないとですね。

菅付 僕の場合は職業が編集者なので、自分が何が好きで、何が好きではないか、何が向いてて、何が向いてないかというのは常に考えざるをえないんです。僕が一番興味があるのは「美しさ」です。「美しさとは何か」というのは、人類が何かを創るようになってからの永遠のテーマで、いまだに誰も答えを出しえていない。文章を読んだり、音楽を聴いたりした時に人間の心が動くことがあるじゃないですか。それは美しさを感じる瞬間です。それって何なんだろうと常に意識ながら仕事をしています。アートでも音楽でも文学でも、新しい美しさを追求していくのが、僕にとって一番大事なテーマです。一生を賭けて追求する価値があると思っているし、同じ思いの人が周りにいるから仕事ができています。

モヤモヤのセッションが
いいクリエイションを生んでいく


ー新しい美しさをどう生み出そうとしていますか?

菅付 何かを見たり読んだりした時に、モヤっと、でもはっきりと「あ!これだ!」とわかる瞬間があるじゃないですか。それをいかにいい形で具現化していくかが僕らの仕事なんです。モヤモヤを、なるべくそのままの鮮度で形にしていくのがいいクリエイション。言葉にすると削ぎ落とされてしまうものを、いかに言葉で説明せずに形にしていくかが、いつもおもしろくて難しいです。でも人を説得するためには、ある程度の言葉も必要。言葉にしすぎず、でもちゃんと本質を捕まえている言葉で周りを口説いて協力してもらいます。それでいて元々のアイディアの抽象度を生かしながら、どう具現化していくか、いつもすごく悩みながらやっていますね。

ーモヤモヤの共有をすんなりできる相手もいれば、脳みそが全然違う相手もいて、言葉にしないと伝わらない部分がどうしてもでてきますよね。

菅付 だから音楽のセッションみたいなものなんですね。音楽家のマイルス・デイヴィスがすごく好きなんですが、彼は曲の譜面をほとんど書かないんです。アイディアを伝えて、キーになるコードやフレーズは自分で作って「このフレーズの後はどうすればいいかわかるよな?」と集めたミュージシャンに聞いて「わかる」と答えたやつとしか組まなかったんです。わからないやつはどんどんクビにしていったわけですよ。「わかる」やつと組んでると、言葉にできない速さでクリエイティブの共鳴が起きて、すごい曲が作れるわけじゃないですか。それが理想ですね。そのためには同じ場の空気を常に吸っていて、モヤモヤを一緒に共有できる空間にいないとだめなんですよね。

ー同じ場所にいたり、一緒に何かをするのがすごく大事なんですね。

菅付 すごく大事です。セッションは言葉で説明しすぎちゃうとだめなんですよ。それは音楽に限らず、デザインだろうが編集だろうがライティングだろうが写真だろうが、全部そうです。例えば映画『2001年宇宙の旅』では、完成するまで監督のスタンリー・キューブリック以外はどんな映画になるか想像もつかなかったわけですよ。キューブリックが説明しないから、主演俳優たちも、今はいったい何のシーンで、これは何の話なのか、誰もよくわからなかった。でもなんとなくこういうセットを作ればいいんだよねとか、俺はこういう演技をすればいいんだよねと、やりたいことは共有できていたんです。そして完成したのが「よくわかんないけどすごい映画」。それがめちゃくちゃ当たった。これがクリエイティブです。

ー抽象概念を抽象的なまま受け取る能力ってこれから重要になってきそうですね。今は、わかりやすい答えをすぐに出すことが正義のような風潮ですが、説明できないから作ろうとする部分もありますよね。

菅付 すごく矛盾するんですけど、できるところまでは言語化した方がいいですね。それでも言語化できないところが必ずあるんですよ。ギリギリまで言語化したその先の言語化できない何かを掴めるようにした方がいいです。

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ー名だたるアーティストたちも言語化がうまいですよね。

菅付 それこそ僕が長年お付き合いしている坂本龍一さんは、日本で一番音楽を言語化できる人だと思います。でも、じゃあなんでこのメロディにしたのかは言えないんですよ。そこには言葉を超えたものがあるわけです。逆にうまく説明できるものはおもしろくないんですよ。モヤっとするけどグッとくる、説明できないけどグッとくるのがクリエイティブで、だからこそモヤモヤの共有がすごく重要になってくるんです。

いい予想外と出会うために


ー人と一緒にやることでいろんな影響を受けて、思ってもみなかったことができたりしますよね。菅付さんはまさにそれがお仕事で、人の掛け合わせで化学反応を起こしたり、まだ無名だけど素晴らしい人を見つけて起用したりしてますよね。

菅付 個人の力はもちろん尊重すべきなんですけど、ひとりだけではできないことがいっぱいあるわけですよ。優秀な個人というのは、自分の得意なことと不得意なことをわかっていて、さらには不得意なところを補うには誰と組めばいいかをわかっている。編集者というのは“何もできないけど、何でもできる人”なんですよ。写真は撮れないし、グラフィックデザインはできないし、スタイリングもできないし、ライターのように原稿もうまくない。だけど、それぞれのスペシャリストを束ねて一緒にものを作っていくと、結構すごいことができるんです。

ーどこでそういった人達を見つけてくるんですか?

菅付 それは貪欲にハンティングしていくしかないですね。

ーネットは活用しますか?

菅付 あんまりしないですね。ネット検索はするけども、みんながグーグルで検索するから同じ答えが出ちゃうじゃないですか。例えば広告案のコンペティションがあったとして、ネット検索だけで調べるとみんな同じ企画を考えると思います。ネット検索で逆に何が出てこないかを考えた方がいいんですよね。そこに広大な海がひろがっているわけですから。

ー菅付さんがいろんな所に足を運ぶのも、自分を拡張していく行為だと感じました。ネットで見つけたものは、ただの借り物になるけど、自ら動いた経験は自分の血肉になる。アルゴリズムが自分の好きそうなものを全部用意してくれる中で、偶然の出会いをどう拾っていけばいいでしょうか?

菅付 なるべく予想外な出来事が起きる状況に自分を置くことですね。もちろんいい予想外もあれば悪い予想外もあるんですけど、悪い予想外は防ぐ方法があるじゃないですか。例えば旅行で人気のない場所にいくと結構面倒なことが起きる可能性があると思います。でも事前に知識を仕入れていて、頭も体も鍛えている人だと、多少変なことが起きても乗り越えられるじゃないですか。だから頭と体を鍛えていないと、いい予想外とは出会えないです。

ーいい予想外って、例えばどういうことですか?

菅付 すごく魅力的な人と出会って、お互い惹かれ合うこともそのひとつですね。恋愛というのは交通事故みたいなものだから、ある人とある人が予想外の衝突をするわけですよ。妻との出会いもそうでした。ずっと前から知り合いだったんだけど、ある美術館のオープニングの時に、入り口から「菅付さーーん!」と僕のほうに走ってきたんです。その時に「ああこの人と結婚しよう」と思いました。だって美術館のオープニングで僕に向かって全力疾走する人なんていないじゃないですか。

ーすごく素敵な予想外ですね(笑)。 興味深いお話をたくさん聞けて、すごくおもしろかったです。菅付さん、ありがとうございました!


菅付雅信・すがつけまさのぶ
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県生まれ。『月刊カドカワ』『カット』『エスクァイア 日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版物の編集から内外クライアントのプランニングやコンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』『中身化する社会』『物欲なき世界』等がある。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」を主宰。2020年9月から中学生を対象とした東京芸術中学を渋谷パルコ『GAKU』にて開講。

(写真:Hide Watanabe 文:李生美)

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