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[ 前編 ]クリエイターは街づくりの尖兵。下北沢に文化が溢れるわけ。|編集者・菅付雅信|下北沢と人vol.1

下北沢らしさってなんだろう。下北沢に住んでいる人、お店をやっている人や働いている人、そんな下北沢で生を刻んでいる人たちの話を聞きまわりながら下北沢「らしさ」を探っていく連載になります。第一回目は下北沢在住の編集者、菅付雅信さんにお話を伺いました。世界中を探しても下北沢のように文化が溢れる街はないと言う、その理由とは。


掘れば掘るほどおもしろい街、下北沢


ー菅付さんは下北沢にお住まいなんですよね。暮らしはじめてから何年になりますか?

菅付 8年経ちましたね。僕が好きだったのもあるし、妻の職場が小田急線沿線の場所に移ったので通いやすい駅を探して、2012年に下北沢に引っ越してきました。不思議なことに、僕は渋谷駅から急行ひとつ目の駅ばかりを転々としていて、その前は三軒茶屋、その前は中目黒にいました。

ー下北沢との最初の出会いは覚えていますか?

菅付 大学生の時に宝島社の『宝島』編集部でバイトをしていて、その時に下北沢でライブや演劇をいっぱいやっているのを知ってから足を運ぶようになりました。大学中退して角川書店『月刊カドカワ』に就職して、コラム欄や坂本龍一さんの連載を担当していたんですが、結構音楽がらみの仕事は多かったです。当時、音楽関係の打ち上げだと、ライブは渋谷でやるけど、打ち上げは下北沢っていうのが多かったので、よく下北沢には行ってました。

ー通ううちにだんだん好きになっていったんでしょうか。

菅付 好きな飲食店がたくさんあったし、芝居もだんだん観るようになっていって。あとはレコードが大好きなんで、ディスクユニオンやフラッシュ・ディスク・ランチなどのレコード屋によく通っていました。古本屋もいっぱいありますしね。やっぱりこれだけ芝居小屋とライブハウスとレコード屋と本屋が集まっている街は世界中探してもそうないと思うんです。神保町だったら本屋がいっぱいあるし、渋谷だったらレコード屋がいっぱいありますけどね。『タイムアウト』が世界で2番目にクールな街と評価していたけど、こんなに文化度の高い街というのは世界でもなかなかないし、素晴らしいことだと思います。

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ー休日は下北沢で過ごすことが多いんですか?

菅付 下北沢を拠点にあちこちに行ったりします。下北沢に住んでいると、いろんなところに歩いていけるじゃないですか。なので、よくコーヒーを飲みに幡ヶ谷のパドラーズコーヒーまで歩いていったり、代々木上原まで歩いたりします。下北沢から新代田や世田谷あたりに向かって歩いていると「あ~こんなとこにお店できてる!」とか「変わったな」とかいろんな発見があってすごくおもしろいです。

個性的な個人が輝きを放つ場所


ー下北沢もだんだん開発が進んでいて、どの街も同じ顔つきになってくる気がしますが、他の街と下北沢に違いは感じますか? 

菅付 すごく違うと思います。“人はパンのみにて生くるに非らず”だから、食べるための経済だけじゃないことがすごく大事なんですよね。ある種、無目的だけど余裕のある行為や空間がすごく重要。それをある人は贅沢と呼び、ある人は余剰と呼ぶんですけど、そこに人の気持ちが動く余白があるわけじゃないですか。大企業やチェーン店のマニュアル的なメニューやサービスじゃなくて、個人店で人の個性を感じとれるようなサービスやモノを味わえないと、なかなか気持ちが満たされないわけですよ。例えば、ある時はすごくおいしかったり、またある時は激まずだったり、すごくサービスがよかったり、悪かったり、変な音楽がかかっていたり、内装が独特だったり……。下北沢はそんな個人店がたくさんあって、そこ目当てに行く人もたくさんいる街ですよね。

ー小さな劇場や本屋など昔からのものがだんだん消えていっている時代に、それらが残っている下北沢には「街」というものの最後の名残がある気がします。

菅付 ライブハウスや芝居小屋、レコード屋や本屋とか、あまり儲からないものがいっぱいあるのは、街として素晴らしく余裕がある証ですよ。だって儲けようとしてレコード屋をはじめようとは思わないし、個人で本屋をはじめようとしても、大手金融機関が出資なんてしてくれないですよ。演劇人やミュージシャンみたいな個性的な人達が集まって作られた街だから他の街とは成り立ちが違うし、さらに演劇や音楽が好きな人たちが外からも集まるようになっていて、とてもいい循環を生んでいますよね。

ー下北沢って、若い人の街というイメージがあるんですが、意外と年配の方も来やすい街ですよね。

菅付 僕も気持ちは今も18歳のつもりなので(笑)、そういう意味では気持ちが若い人の街だと思います。それこそ柄本明さんも下北沢に住んでいて、自宅が稽古場兼劇場で、超大物俳優なのに未だに演劇をやっているでしょう。彼もすごく気持ちが若いんだと思います。大人計画の宮藤官九郎さんや松尾スズキさんも、もっと大きいところでやれるのに、下北沢の本多劇場で芝居をやっている。お金にも名声にも、まったく困っていないのにですよ。

ーそれでも、下北沢に来てしまうんですね。

菅付 街自体がライブハウスのように、即興で新しいことができる場なんですよね。僕は下北沢に住む前は本気で海外移住を考えていたんですよ。仕事でよく海外に行っていたし、言葉にもそんなに困らないから移住しようかなと。でも下北沢に住んでからは、その気がほとんどなくなりました。こんなにも文化的生態系が揃っている街はないですから。
僕は本屋とレコード屋がない街はだめなんです。プライベートで海外に行く時は、本屋とレコード屋を訪ねるために旅行してるようなものですから。あとはコーヒー屋かな。この3つがない街は、僕にとってぜんぜんおもしろくないんです。本屋に行って本を買ってカフェで読んだり。レコード屋を巡って疲れたらカフェでライナーノーツを読んだりするまでがセット。だからいい街っていうのは、やっぱり本屋、レコード屋、コーヒー屋の3点セットがある街ですね。それがすべて揃っている下北沢モデルというのは、もっとみんなから見直されてもいいと思います。


下北沢を形づくる混沌の美


ー昨今、街から本屋がどんどんなくなっていますよね。それはやっぱり文化の欠落になっていますか?

菅付 間違いなくそうですね。みんなネットで読めると思っているけど、それは幻想ですからね。デジタルで読んだものは触覚を伴わないので記憶に定着しづらいから、頭にしっかり入らないんです。だからいい本屋が身近にあることはすごく大事。あとはそこに住んでいる文化人やクリエイターが、インプットのために本屋やレコード屋へ行ってそこで店員や来ている客と交流があったりと、本屋やレコード屋というのは文化のハブなんですよね。

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菅付さんが、忙しい日々の合間を縫って読み進めている『安部公房全集』。安部公房が昔から大好きで、じっくり読む時間が至福だそう。

ーそういう人達が街を作っていくんですね。そうやってカルチャーや街は自然発生的に作られるはずなのに、最近は人工的に作ってしまおうという風潮があって、違和感を覚えます。

菅付 そういうのはすごくよくないですよね。やっぱり下北沢がいいのはカオスだからですよ。素晴らしい無計画。大手資本とか大手デベロッパーが街をつくりましたというのとはわけが違うじゃないですか。混沌の美だからこそいいんですよ。
はっきり言って下北沢の街は汚いですよ(笑)。でも住んでみたり通ったりすると、この街の良さがすごくわかると思います。迷路みたいな街だから、はじめて来た人は混乱するかもしれないけど、散策すればするほどおもしろくなっていって、こんな街はなかなかない。あと、若くてお金のない子達は西麻布には飲みにいこうとしないじゃないですか。でも下北沢には飲みにいけるし、朝まで飲める。これはすごくいいことですよね。


ー若い人達が駅前に座り込んだりしてて、普通だったら警察が来て追い払われるけど、結構ほったらかされていたり。そういうところも下北沢は懐深いですよね。

菅付 変に整備しない方が絶対いいです。あと下北沢は、儲からなくて当たり前という気持ちで好きでお店をやってる人達ばかりだから、少しの不景気くらいではへこたれないですよね。渋谷や青山でお店を開くと維持費もすごいから、利益がでなければすぐに辞めちゃうじゃないですか。でも個人店だとそういうわけにはいかないですよね。

ー下北沢の人達には、そこに根を張って生きていく覚悟がありますもんね。

菅付 コロナの時も、いろんな飲食店がすぐにテイクアウト始めたでしょう。あのたくましさが素晴らしいなと思って。でも下北沢も不動産開発があったり、チェーン店も少しずつ増えたりしているから、気をつけないとつまらない街になる可能性はありますね。家賃も上がってるから、若い人達がちゃんと商売やクリエイティブをできるように大人が場所を用意したりというのを、すごく意識してやらないといけないです。

ーデジタルの場では無料サービスが広がっていますが、若い人たちにとってリアルの場はなかなかハードルが高いですよね。

菅付 すごく高いです。ただ、なんでもかんでも安くするというよりも、高い家賃の商業空間や住居がある一方で、家賃が安くて若い人を受け入られる場所も用意する。その両方をつくることが街としてすごく重要なんですよね。一時期のNYには、ブルックリンやソーホーにアーティストプライスの建物があったんです。オーディションをして、才能のあるアーティストを安く住まわせる。ブルックリンのダンボ地区がそれで成功したんですよ。そこの不動産屋に先見の明があって、まずはアーティストに入居してもらって低層階から部屋を埋めていく。そうすると評判が上がって、上の階の家賃も上がるんです。上がったところをお金持ちに貸して利益をあげる。アーティストのフロアと一般居住者フロアはぜんぜん値段が違うわけです。

ー日本にはあまりないですよね。

菅付 考え方が近いのは代官山ヒルサイドテラスと、羽根木インターナショナルガーデンハウスですね。部屋が空いているからといって誰でも入れる物件じゃないんです。不動産屋が入居者を厳密に選んでいて「お金があります」とか「銀行員です」と言っても、クリエイティヴな人でないと基本は住めないんです。

ーそういう建物がもっと増えていくといいですよね。じゃないと、才能のある人たちがどんどん消えていってしまう。

菅付 ほんとにそうなんですよ。クリエイターというのは常に街づくりの尖兵ですから。クリエイターが先に住みはじめると、だいたいの街はクリエイティブな生態系ができてくるんです。下北沢は本多劇場の影響がすごく大きいですよね。本多さんが劇場をたくさん作って、演劇を愛する若い人達がわっと集まってきて街が作られていったわけです。まずは若いクリエイター達を受け入れることが、街にとってはすごく重要ですね。

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[後編へと続く]
後編はオンライン時代における場所の重要性や、いいクリエイティブを生むためのモヤモヤの共有についてのお話をたっぷり伺いました。

\菅付さんおすすめの下北沢のお店/
連れていった人、みんなが喜ぶ居酒屋『楽味』
そば好きの外国人の友達を連れていくと、全員感動する『打心蕎庵』
落ち着けるコーヒー屋さん『COFFEA EXLIBRIS』
料理も絶品。日本ワインが飲みたくなったら『タンブラン』
カクテルの気分なら『ベルベット』
ゆっくり洋食を味わいたい時は『ユリイカ』
音楽が聴きたくなったら選曲もリクエストできる『リトルソウルカフェ』
日本のサードウェイブ・コーヒーの尖兵『ベアポンドエスプレッソ』
菅付雅信・すがつけまさのぶ
編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年宮崎県生まれ。『月刊カドカワ』『カット』『エスクァイア 日本版』編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版物の編集から内外クライアントのプランニングやコンサルティングを手がける。著書に『はじめての編集』『中身化する社会』『物欲なき世界』等がある。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズの代表も務める。下北沢B&Bで「編集スパルタ塾」を主宰。2020年9月から中学生を対象とした東京芸術中学を渋谷パルコ『GAKU』にて開講。

(写真:Hide Watanabe 文:李生美)


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