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018「妖刀」

 鋭利な刃が、ベビー・ベッドの上に置かれている。誰が置いたのかは、わからない。長男か、両親か、赤ん坊自身なのかもしれない。刃はやわらかいシーツの上で、ぬめるように青白くひかっている。赤子が休むべき場所に、秘宝としてか、武器としてか、鋭利な刃は置かれ、その自らの重さが、切先を白いシーツにめりこませ、一部をすでに裂いている。そのベビー・ベッドを見下ろすように、赤と黄色のモビールが揺れている。


 雪深い温泉街で、冬の祭がおこなわれている。小さな出店があちこちに並ぶが、この祭の奇怪なのは、あらゆる宿が、塗料で色を塗った酒瓶を門扉の外に並べ、寝静まったころに、巫女が、酒瓶をたたき割ってあるくという習わしだ。割られた破片は、雪に埋もれ、雪明かりでぼんやりとひかってみえる。巫女の姿を見ることは許されず、発見された者は、酒瓶として、その場で撲殺される。毎年、瓶の破片に混ざって、いくつかの骨片が落ちているという。温泉街の外では、誰もこの祭のことを話さず、決して、住民が殺されることはないという。

 祭の翌朝、琴とトロンボーンの音が、モビールをゆっくりと回転させてゆく。最後の破片が神宮へ奉納される。祝詞が奏上され、自由な音楽を称えられる。住職がひとり、ベビー・ベッドの前にあらわれ、鋭利な刃に、赤子にするように高い声をかけ、あやしている。障子の隙間から、細い陽光がさしこみ、刃のぬめりと、住職の裂けるような笑顔をえぐり出している。

 住職には、右手の指が親指しかない。日が暮れかかる。神楽はいつまでも終わらないように感じられる。酒瓶の破片で作られた山に、焼酎がふりかけられ、裸足の男たちが、合掌し、血をながしながら頂上をめざしてのぼってゆく。

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