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079「光輪と痣」

 光輪のようなノイズが響きわたる。巨大な舞台に、痩身の男が立ち、瓦礫の山のような機械を操作している。暗闇のなかに、緑色の閃光が乱射され、ふいに、一匹の虎が、男の横に悠然とあらわれる。男はふりかえり、虎と見つめあう。轟音は、さらに激しさを増してゆく。

 駅前の定食屋に、裸の少年が座っている。向かいに、青いワンピースを着た母親が座り、梅茶漬けをすすりながら、ほほえんでいる。少年の顔は青ざめ、白い膝には爪が深く食いこんでいる。恐怖と羞恥だけが、少年のなかに滞留しているが、定食屋の人々は、みなほほえましげに少年を眺めている。ちいさなブラウン管のテレビから、破れ鐘のような笑い声が聞こえる。母は、「テレビを見るんじゃありません」という。壮年の女が、やがて入店する。少年を見ると、やはりほほえんで、「あら可愛い、お母様のいうことをきちんと聞いていて偉いわね。」と少年に声をかける。少年は下を向いたままでいる。いやいや我儘放題で、と会話は続いてゆく。「行きますよ」母が少年の首輪を引いて立たせる。背中と尻は、日焼けのように、黒ずんでいる。それがすべて痣であることに気づいた客や店主たちは、本当に、少年は我儘放題らしい、と神妙な顔を見あわせる。

 男は虎の背にまたがって、さらに音圧をあげる。何人かの客の鼓膜が変形し、音を感じなくなってゆく。男と虎は客席に飛びこむ。月は出ていない。誰の悲鳴も聞こえず、暗闇のなかには、閃光の破片ばかりが残される。街に突風が吹く。男と虎は、命の軽さを笑わずにはいられない。

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