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049「ク、ッキー」

 姉の手は動き、クッキーを焼いてゆく。焼いてゆく。手は焼かれ、姉の手の動く、手のクッキー、ゆれる、黒いピアスの、重量の、しんしんと響き、やわらかく変形する耳朶を焼かれ、クッキー、ゆれる脂肪の結晶のやわらかな振動の愛すべきちいさな放物線、クッキーを焼いてゆく姉の手の健康的な、クッキー、ほろほろとくずれおちる姉の欠片、足元にちらばりながらそこここへ視線を泳がせ、顔のない幾人かの男を発見する。されたものどもの幾人かが健康的なクッキーの欠片をひろいあつめ、ほろほろとくずれおちるなかに、黒いピアスがのこされ、焼いてゆく、視線の、熱せられたオーブンで、硬くなってゆく、クッキーと、たんぱく質の香り、くずれおちた姉、ひとりの男がピアスを姉の欠片の山のうえに無造作に放りだし、それを料理とよぶならば、男どもも安物の料理、悪臭をはなつ枯れた茶葉、焼いてゆく、焼かれてゆく男らの手は動き、空中を泳ぐように、草原のなかのくらい台所を発見する。うめきのはげしくなる時刻の愛すべき、しんしんと響きわたる、たんぱく質の焼ける音、いっせいに流される涙はクッキーの欠片を湿らせてゆくのを、姉は、男たちの耳朶を引き裂こうとして、はげしく水分を蒸発させる、姉の、誰にむけてつくられたのか、チョコレート・チップの豊潤な香りはやわらかく、すでにない焼ける視線をつくし、甘くみえる黒いピアスの形状の、鋭利に、口腔につきささる、やぶれた粘膜から流れる姉の手のひら、まもなくくずれおち、愛すべき姉のクッキーを焼いて、ゆれる、男の、災害のごとき悪臭の、しんしんと死にゆく、うるわしき台所の錆のうえに、クッキーの並び、耳朶のない、時刻の姉、

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