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027「まがった喇叭」
まがった喇叭を、倉庫の暗がりで拾う夜は、友の葬儀を終えた後の、静謐な夜だ。貧しい俺が、明日の米を食うために、手放すことができる、喇叭は、最後の財産だ。
ひどく緑青のういた、合金の喇叭は、むかし、他愛のない博打に勝って、譲りうけたものだ。その美しい娘から、俺は、喇叭だけをとりあげて、あとには、なにものこらなかったのだ。
空になった財布と、まがった喇叭をそれぞれ手にもって、燐寸箱のような無人駅で、ひとり最終電車をまつ俺の姿は、夜霧の奥で、倒れているのかいないのか、まるで区別のつかない、一本の白樺の幹のように、滑稽だったにちがいない。
いっそ、病をこの身にあつめてしまえばよかったのかもしれない。俺は田舎町の、ちいさな氷屋で、夏になれば、わずかに裕福になり、冬になれば、薪と木炭をあつめ、数十年の空白が過ぎ去るうち、蝋燭の火が燃えつきるように、仕事は、失われていったのだ。そこに、ひとつも理不尽なものはなく、あらゆる糸が、離縁に終着し、俺は、すこし、その糸がみじかかったというだけのことだ。
葬儀の背広もなく、黒い肌着に、黒い外套を着たまま、俺は指をすり合わせ、焼香をした。遺族どもに頭をさげ、友の骨を見送った。そうして、また、この喇叭がのこったのだ。
質屋で喇叭を手放して、数日、あるいは、1食分の貨幣を得ることも、俺の疲れ果てた肉体を手放して、この喇叭のゆがみを修理する貨幣を得ることも、おそらく、同じことだろう。すべての孤独な倉庫のすみに、古い木箱に入れられたまがった喇叭があり、木箱の留め具は、閉ざされたまま、錆びついているのだろう。
そうして、はじめて、俺は公園で喇叭を吹いた。音はなく、こちらに目を向けるものもいない。しめった風ばかりが、ゆがんだ管のなかを弱々しく流れていく。口蓋に、ざらざらしたものが付着してゆく。ひどい苦味の深いところに、すこしだけ、懐かしいものが対流している。
(本文は以上です。投銭いただけますと、私の夕食がすこしふえます)
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