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032「砂上の楼閣」

 木目の美しい巨大な門をひらき、天守閣は崩れかかっている。甘えるような崩れにわたしは毒づかずにいられない。崩れるなら、早く崩れるのだ。チック・タック・ブリリアント。石畳まで憎くおもいはじめかねない。サイレンがなっている。


 空はひどく晴れわたり、強烈な日差しが照りつける。わたしの部屋の扉は金属でつくられているので、真夏にはドアノブに触れられないほど熱くなる。あるとき、ドアに蜥蜴がはりついたまま死んでいたことがある。サンダルの底でこすりおとすと、蜥蜴はぱらぱらと崩れて、ほとんど砂と見分けがつかなくなる。街は燃焼し、天守閣は崩れかかったまま海になることもなく、わたしは城郭のまえで声をあげて泣いている。


 三毛猫が一匹、ふとったままわたしを怪訝そうにみつめている。食品の定期便の時刻がせまっているのだ。彼は、その生涯で、一匹も子供をつくれない。わたしの足元を通り抜ける様子を目で追うと、門のちかくに枯れ井戸があって、その横で、ひとりの少年が、裸ですわったまま、死んでいるのを見つける。はじめて彼にであい、母を殴ってでも買うべきだった少年雑誌のことをおもいだす。ばらばらになってもくりかえし蘇ってゆく人々が描かれている。


 鱈の精巣を喰う。なめらかな磯の味が、金貨の味に変化してゆく。少年はわらっている。門だけがのこればよいと。わたしもそうおもっている。木目を眺めながら、わたしと三毛猫は宙にうかんでゆく。激しい陽光に、わたしは茫々と蒸発してゆく。はじめて、街ぜんたいを、首をめぐらせず視界におさめることができるが、そこに街などなく、ひとつの古びた門のほかに、砂漠が彼方までひろがるばかりである。


 雨となるだろう。いずれ、この砂のなかにしみこまなければならないのかとおもうと、凍りつくような気分におそわれる。


(本文は以上です。投銭いただけますと、私の夕食がすこしふえます)

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