037「模型屋」

 街のどこにも野球場がないので、わたしは野球場を見たことがない。だから、野球場を作れと言われても作れない。楽器屋や画廊なら、それが本当に楽器屋や画廊かどうかは別として、すくなくともかたちを完成させることはできるだろう。だが、依頼されてしまった以上、それを作らなければならない。


 玩具屋に対面するガードレールには、よく子どもらが座っている。足をぶらぶらさせたり、上体をのけぞらせたりしていて、運転席にいると、肝が冷える。ときどき、老人があつまって、なにか口論していることもある。それでも子どもらは場所を詰めてみせるだけで、ガードレールに座りつづける(そうするほかないのだ)。玩具屋の奥には木製の棚があり、なぜかリキュールの瓶がならべられている。また、小さな珊瑚が透明な箱に入れられ飾られている。たとえば、白米を満たした釜に、米粒大の真珠がふたつ埋まっている。だが必死にさがしあてたものを実際に見てみれば、ひとつのよごれた南京錠であることもある。


 わたしは、青い服を着た少年のことをよく覚えている。鼻が、奇妙なほど細く、いつでもうす青い服を着ていた、背の高い少年。笑うと耳がすこしだけ動く、というのは、あとで彼の友人が教えてくれたことだ。


 ある年の暮れ、彼に小銭を放ったことがある。何か食べなければ、死んでしまうと思った。だが少年はその時も、青い服を着て、小さな機械をもてあそびながら、夕方まで、そこを動かなかった。結局、その隣にいた彼の友人が、小銭をひろって、小さな肉饅頭を食べる。夜になる。


 部屋で、湯を沸かしてみる。何のためなのか、湯が沸いた後も、わからない。思いついて、友人にもらった茶葉を入れ、そこに、白米をすこしずつ入れてゆく。塩をふり、そのまま作業机に突っ伏して寝る。目が覚める。火は、誰にも止められていない。湯はほとんど煮詰まって、玄米のわずかな隙間から、血の香りのする液体がにじみだしている。

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