みんな違って、みんないい~「グッドモーニング、ベトナム」
人類はまたしても戦争を選択してしまった。
そんな折に観た映画を紹介したい。1987年公開「グッドモーニング、ベトナム」
戦争映画ではあるが、主人公は銃後の任務ということもあり、凄惨な戦闘シーンはほとんどない。
現地のベトナム人にも溶け込み、兵士からも人気がある主人公・クロンナウア。きっと彼は、彼なりにこの戦争の大義というものを信じ、一人ひとりの目線を失わずに任務を全うしている・できている、と思っていたのだろう。
そんな彼が終盤になって、突きつけられた裏切り。
友と信じていた現地人が実はベトコンだったと分かり、そして自分を敵だと罵ってくる。ほのかに思いを寄せていた彼の姉からも、「違いすぎる、一緒にはいられない」とフラれてしまう。
人と人との争いは何も戦争ばかりではない。人種や思想や宗教、最近では性の違いさえ細分化されてきている。それらの違いを種として有史以来争いが絶えた日がない。
それは「人間一緒であるべき」「違ったものは認めない」という考えが根本にあるからだ。
「いやいや、そんなこと思わない」と思う人でも、異質なものと出会った際のちょっとした違和感が起きない人はいないだろう。その違和感を意識して飼い慣らしていかなければ、たちまちに争いを呼ぶことになるのだと思う。
では、そのような争いのない世界が訪れるのだろうか。
本作としての答えとも言うべき場面が、こちらである。クロンナウアが町中で触れ合った兵士たちへ送ると切り出してかけた曲。
ルイ・アームストロングの”What a Wonderful World”
背景は、日常の風景から次第に戦争やそれにまつわる場面へと移り変わっていく。なんという「素晴らしき世界」だろうか。でも、結局分かり合えない、一緒になれないのだ。
ならば、その分かり合えないこと、違っていることをそのまま受け入れるということが、向き合っていく姿勢なのではないか。そう言っているように感じた。
この映画の数年前に、We are the Worldという歌が世界を席巻したのだが、どちらのスタンスが望ましいか、これ以後の40余年が物語っているようにも思える。
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