見出し画像

バッド・ニュース/アレキサンダー・ラグタイム・バンド BAD NEWS/ARB

高校3年生になり、みんな大学進学のため受験勉強にいそしむ中で、俺は音響系の専門学校に進学することを決めていた。

だって無試験なんだもん。

母親には「あんたこのご時世、男は大学ぐらい出てないと世の中渡っていけないよ」
みたいなこと言われたが優等生だった俺は遅れてやって来た反抗期的なものも手伝って、「俺の人生は俺が決めるんだぜええええええ」なんてこと言ってた。
「行儀よく真面目なんてできやしなかった」
窓ガラスは割らなかったけどね。

でも今思えばこれが人生の失敗の原点だったのか。
水は高いところから低いところへ流れるのだよ。
楽な方へ楽な方へ漂う人生の始まりだ。

その頃優等生的なロックに飽きていたのもあって少しワルで反体制的な反抗心のある音楽(笑)を聴くようになっていた。
そんな時、やはり大学に進学しない就職組として毎日図書室でT本君、K林君と顔を合わせるようになった。
他の生徒が進学のガイダンスをやっている間、専門学校、就職の生徒は邪魔だから図書室で本でも読んでろということか。

人種差別反対。

T本君はベース弾きでK林君はドラム。
一緒にポリスのコピーバンドをやっていたが、彼らのバンドも他のメンバーの進学の為解散していた。
そこで一緒にやってみようということになり、同じく図書室にたむろしていた就職組のY本君をボーカルに加え活動を始めた。

ちなみにそのバンドのギターのO野君はエフェクターを操り、アンディ・サマーズとほぼ同じような音を出していた。
どうやってたんだろ。
ギターのエフェクターの話はまた後日。

Y本君が英語の歌詞は覚えられないというので(俺の周りはこんなのばっかだな)日本語の曲が良かろうということになり、T本君が買ってきたARBの「BAD NEWS」をみんなで聴いた。
今ままで聴いてきた音楽とは何か決定的に違って聴こえたが、それが何だったのかはわからない。
アンダーグラウンドな感じがしたのかな。
T本君の強力な推しもあってARBの曲を中心に演奏することになった。
以前観たRCサクセションの影響もあり、メイクしてステージに上がったりしていた。

お恥ずかしい。

今までは洋楽ロックのギターソロをいかに1音も違えず完コピするかに心血を注いできていたが、このバンドでは勢いが大事だったのでシンプルにコードカッティング中心のラフなギタープレイを習得した。
つまり無理せず自分らしく弾けばいいってことか。
目から鱗だ。

結局高3の秋から冬までの短い期間の活動に終わったが、T本君の聴いている音楽や考え方には大きく影響を受けた。
聴く音楽の好みも変わっていった。
彼は今でも東京で音楽をやりながら暮らしている。

すごいことだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?