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ホエン・ラヴ・ブレイクス・ダウン/プリファブ・スプラウト When Love Breaks Down / Prefab Sprout

PA会社で仕事をしていた時は、勤務時間がとても不規則になった。
土日はイベントやコンサートがあり、朝早く家を出て、帰りは夜12時近くなった。
銭湯はもう終わってしまっていたので2〜3日風呂に入らないこともしばしばだった。
事務所は渋谷にあったが、機材などの倉庫はK県K市にあって、週の前半は土日に使用した機材のメンテナンス、後半は週末に向けての機材の準備をしていた。
他の会社と同様に先輩たちがまだ仕事をしているのに先に俺が帰るのは憚られた。
ある日どうしても新宿でコンサートを見なければならない事情があり、先に帰りたかったのだが、先輩がなかなか帰らない。

う〜ん、困ったな。
早く帰れよ。

俺は落ち着きなく事務所の中をウロウロし始めた。
そうしている間にも開演時間は刻一刻と近づいてくる。
あ〜、これ間に合わないんじゃないだろうな?

もうギリギリのところで「すみません、どうしても大事な用事があって先に失礼します」と言って、逃げるように先に帰らせてもらった。

会場の新宿厚生年金会館に着いたときには曲が始まっていた。
暗くて大音量の会場で自分の席を探す。

座席に座り隣の人に「今何曲目ですか?」と聞くと「まだ始まったばかりで1曲目ですよ」と教えてくれた。
正直言うと当時はプリファブ・スプラウトをそれほど気に入っていたわけではなかった。ちょうどスティーヴ・マックイーンというタイトルのアルバムがリリースされた後で、UKロックの新人ショーケースみたいな企画で来日した。プリファブはまあ見ておくか、ぐらいのつもりだった。

コンサートはとても地味で質素だったがパディのギターの音がとてもクリアで、3コードのロックンロールに耳なれた俺にはメジャーセブンスコードがとても新鮮に響いた。

後日、会社で唯一俺の音楽趣味を理解してくれる先輩のS戸さんに「俺君、あの日なんで急いで帰ったの?」と聞かれたので、「実はプリファブ・スプラウトのコンサートを観に行ったんです」というとS戸さんは「俺も行きたかったのに平日で仕事が終わらないだろうから諦めたんだ」と言われた。

あー俺だけすみません。

S戸さんはちょうど事務所に導入されたばかりのワードプロセッサー(笑 ワープロのこと、パソコンのワープロソフトではなく文章作成機能しかないワープロ専用機器)を使って、ファッションショーのBGM選定をしていたところだった。

「俺君、ワープロ使ってみる?」
「はい、教えてください」
俺は何でもやってみることにしているのだ。

「ここをこう打って変換してあーしてこーして」
「わかった?」
「はい、大体。『ぬ』が打ちにくいですね(笑)」
当時はほとんどの人が「かな入力」だった。

「じゃあ今から言う言葉を打ってみて」
「はい」
「俺君は先日仕事を早く切り上げて自分だけプリファブ・スプラウトのコンサートを見に行きました」
「ええええええええええええ?、そんなの打つんですか?」
「いいから打って笑」
「はい笑」

(S戸さんまだ根に持ってるな)

冗談まじりにS戸さんとワープロで遊んでいたら、そこにタイミング悪く社長が入ってきて、ワープロの文字をみて「なんだ俺君、こないだ早く帰ったのはコンサート見たかったのか。そんなの言ってくれればよかったのに。ちゃんとPA見てきたか?」だって。

案ずるより産むが易し。

その後何年かプリファブ・スプラウトの曲を聴いているうちにスルメのように良さが染み込んできて今では間違いなく俺の無人島の10枚に選出されるフェイバリットアルバムになった。
一聴しただけではピンとこない音楽も聴き続けることで、ある時突然宝石のように変わることもあるんだな。


追記
チケットを見て愕然としたが、料金が2,000円だ!


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