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ワーテルローからの手紙/トム・ヴァーレイン Postcard From Waterloo / Tom Verlaine

バンドのメンバーを集めようと思って音楽雑誌にメンバー募集を出したことがあった。雑誌も何だったか忘れたし、内容もよく覚えていない。確か「ビートバンドをやりたい」というようなことを書いたと思う。掲載されたのを確認してから特に期待もせずに待っていると、ある日アパートの電話が鳴った。

雑誌のメンバー募集を見たのだという女の子だった。

今ひとつ言ってることがよく分からなかったので、会って話をしようということになった。その子はもう俺の最寄りの駅まで来ていて、駅の公衆電話からかけているということだった。俺は急いで駅に向かったが、なにしろ歩いて20分もかかる場所なので待ちくたびれていないか気になった。

駅の公衆電話に着くと一人の少し幼い感じの女の子が立って待っていた。

パンクっぽい赤と黒の太い横縞のニットを着ていて、髪の毛はショートで金髪だった。小さなピアスをしていた。

一瞬「うわっ」と思ったが、色が白くて綺麗な顔立ちをした女の子だったので声をかけた。

「あ、俺君です。ごめんなさい、遠かったので急いで来たけど待たせちゃったかな」というと「うん、待っててちょっと疲れた」というので、「どこかでお茶でも飲もうか?」と誘うと疲れたので横になりたいという。

ええええええええええええ?
なにそれ。

(初対面の男に向かって言うセリフじゃないよな)と思ったがこの辺に横になれる場所なんか無いし。と困っていると「俺君の家でいいよ」と言い出した。

今でこそ色々知恵が回るようになったので、このような案件には警戒して手を出さないだろうが、当時は田舎から出てきた「いたいけな」青年だったので特に疑問も持たずに、「じゃあ飲み物でも買って家に行こう」と言うことになった。

家について一服してから、どんな音楽のバンドをやりたいのか聞いてみたけど答えは何だか要領を得ない。
どうも俺が募集していたような音楽は好きだが、バンドをやりたい訳ではなくて話を聞いてもらいたいということのようだった。
好きな音楽が似ているから話を聞いてくれると思ったらしい。

その話の内容というのが
「新宿の歌舞伎町にあるピザ屋で働いている男の人が好きなんだけど振り向いてくれない。どうしたらいいか?彼を見にいくのに一緒についてきて欲しい」ということだった。

おいおい待ってくれよ。
俺は人生相談じゃないよ。

と思ったが、とにかく金はないけど時間だけはたっぷりあったので、「じゃあ一緒に行ってあげるよ」ということになった。

歌舞伎町のピザのお店(シェイキーズだったような?)の反対側の歩道からその女の子が指差して「あの男の子だよ」というので見てみたらミュージシャンのプリンスのような顔をしたイケメンの店員がそこにいた。
「ああ、かっこいい子だね、あれじゃあモテるかもね」
「そうなんだよね、困ってる」
そうかそうか。みんな悩んで大きくなるのだよ。

一緒に見てあげたら気が済んだようで、「じゃあ俺は帰るから」と言ったら一緒に連れてって泊めてくれという。

あ、ようやくわかってきたぞ。
家出してきた子?
いやいやいやいや、困ったな。

俺はF原さんとはお別れして、U村さんとお付き合いしていたタイミングだったが、これはちょっとマズイ。そのまま住み着かれたりしたら面倒なことになる。

「ちょっとそういうわけには・・・」というと「迷惑は掛けないし明日には帰るから今日だけ泊めて欲しい」というのでしょうがない泊めてあげることにした。

夜になって化粧を落とすと本当に幼さの残る顔で、15〜6才、いやもっと下もあり得るぞ。という感じだった。と言っても俺も19才なんだけどね。

さあ寝るかと思ったがベッドは一つしかないので彼女に寝てもらって、俺はコタツで寝ることにした。
すると彼女の方から「してもいいよ」と。

微かに香水の良い香りが鼻を突いた。
頭がクラクラする。
フル回転であらゆるパターンをシミュレーションする俺。
正解がぜんぜん見えない。
「・・・」
いやいやいやいや、やっぱマズいだろ。

まだ幼い感じの子だったのでここはぐぐぐぐと我慢して、精一杯カッコつけて言った。
「あ、いや、あの、えー、そ、それはあのピザ屋の彼氏と付き合うようになったら彼とすればいいよ」
「うん、わかった」

その日は眠れなかった。

次の日起きて彼女がカセットを取り出して聴かせてくれた。
トム・ヴァーレインの「ワーテルローからの手紙」という曲だった。

「私この曲すごく好きなんだ」

トムの物悲しいギターの音色がすごく儚く聴こえて、この曲を聴くたびに彼女のことを思い出す。
ピザ屋の彼とは上手くいったのかなあ。


追記
この歌舞伎町のピザ屋の彼の話が椎名林檎の「丸の内サディスティック」の歌詞と重なって彼女はすごく若い頃の椎名林檎さんだったのではないか?と、突然思い当たってWikiを調べたが年齢がまるで違っていて安心した。

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