ソーシャリー・ヒットマン外伝17「蒼き車内の情報交換」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
ワールド・ブルー株式会社の社員である蒼友 勇に、新薬・恋の原因消失カカオ「CaELCa」を飲ませるため、俺はスットン共和国へ向かうことになった。
案内兼護衛役のショートウルフ女こと蒼久内 茜も一緒だ。
実は彼女の正体は、ワールド・ブルー社に潜入したスパイだった。レジスタンス「Citrus」のリーダーで、実の名を「橙井 香子」という。
「とりあえず、空港に向かおうか。話は運転中でもできる」
蒼久内はそう言って、メタリックブルーの乗用車に乗り込んだ。俺は反対側から車のドアを開き、助手席に座った。俺が懐に手を入れるや否や、蒼久内が制止するように言った。
「安心しろ。例の変なあんみつを食べなくても、ここでの話は盗聴されないようになっている」
どこかで見たようなオシャレなデザインではあるものの、一見するとなんの変哲もないインパネ周り。この中に、傍受妨害装置が搭載されているらしい。
「ワールド・ブルーってのは、本当になんでもやる会社さね」
半分あきれたような蒼久内の口調は、彼女の上司に少し似ていた。
◇
空港までの道中、俺たちは互いの情報を共有した。
「あの会社について、どこまで知っている?」
出発してから十数分後、蒼久内がぶっきらぼうに聞いてきた。
「ん? ああ、『愛殺文』とかいう兵器が作られていて、それを阻止するために色々と動いている連中がいるってことは聞いた」
御八堂のどら焼きの包みを開けながら、俺は自分の知っていることを話した。
「『愛殺文』にはまだわからないことが多いが、少なくとも世界を滅ぼすほどの力を持っているらしい。35年後の世界では実際に発動され、世界の8割近くが砂漠化したとかなんとか。しかもその影響で時空が歪み、別の世界、別の次元、別の時間軸へ時空を跳躍してしまった人間がいた。お先します部の蒼木 直樹もその一人。まあ、これくらいか」
話し終えて、どら焼きにかぶりつく。と同時に、今度は蒼久内が話し始めた。
「大体のことは把握しているようだな。2年前、私はある人の依頼で、ワールド・ブルーについて調べていた。そのときに『愛殺文』の存在を知り、『はよ開けんかい委員会』なる組織にスカウトされ、諜報員として委員会に参加した。私の正体を知るのは、蒼下葉委員長、蒼見鳥事務局長、すぬ婆、そして蒼木部長だ」
ワールド・ブルー社お先します部の部長・蒼木 直樹は、はよ開けんかい委員会の一員。そして、35年後の俺、つまりもう一人の根来内 弾だった。
この女は、俺と蒼木が同一人物だと知っているのだろうか。気にはなったが、当面の問題とは関係がないと判断し、俺は口を挟まなかった。
「部外者がワールド・ブルーのことを調べるのが難しいのと同じように、社内の人間だけで調べるのもまた困難。そう考えた私は、諜報員として活動するようになったのと同時期に『Citrus』を結成した」
俺がどら焼きを食べ終え、「喫茶 花」のテイクアウト用クッキーの袋(小花マスターの「いつもありがとうございます」という手書きメモが添付されていた)を取り出したあたりで、蒼久内は「Citrus」について語り出した。
「『Citrus』は、表向きはワールド・ブルーの子会社で、軍事産業に特化した会社だ。本社はスットン共和国にあり、私は一応CEOということになっている」
「なるほど、それでスットン共和国に詳しいってわけだ」
俺は手書きメモを(折れないようていねいに)シャツの胸ポケットにしまい、空の袋をコートの左ポケットに突っ込んだ。そしてコートの右ポケットから手のひらサイズの箱を取り出した。
「お前さんも一服するかい?」
「いらない。タバコは嫌いなんだ」
「いやココアシガレットなんだが」
「あんたどんだけ甘いもん食べるんだ! 糖尿と虫歯には気をつけなよ!」
蒼久内は、口調とは裏腹に笑っている。少しは気が楽になったのかもしれない。
「続けるよ。今回、あんたをスットン共和国に連れ出したのは、『Citrus』での特別捜査に協力してもらうためさ。ストーカーの始末はついでというか、表向きの口実。時空跳躍した人間のDNAサンプルが欲しくてね」
「待て。俺は時空跳躍したことないんだが」
「同じDNAなら問題ないだろ? 蒼木部長のDNAなんだから」
ほう、すでに俺と蒼木が同一人物と知っていたか。
「だが、それなら蒼木のDNAを日本で採取して、スットン共和国に送ればいいんじゃあないのか?」
「本来ならそうしたかったんだけどね。もし黒幕が検閲機関に関わっていたら厄介なことになるし、かといって蒼木部長を理由もなくスットン共和国に出向かせるのは得策じゃないと判断したんだ」
「それで俺に白羽の矢が立った、ってわけか」
「そういうこと」
「とんだモルモットだな。どうりでおかしいと思ったんだ。わざわざ俺を呼び出し、スットン共和国に行くよう依頼するなんてな。蒼下葉委員長、なかなか食えない奴じゃあないか」
モノクルの老紳士が、脳内で優しく(それでいて意地の悪そうに)微笑んでいる。
「まあいい。俺は報酬さえしっかりもらえればそれでいいからな。ところで」
ココアシガレットの最後の1本が尽きた。
「お前の雇い主、蒼 樹の目的はなんだ?」
蒼久内は、車を停めた。ちょうど空港の駐車場に着いたところだった。
「……なぜ私の雇い主が蒼 樹だと?」
蒼久内の顔は見る見る青ざめ、いや蒼ざめていった。声はかすかに震えており、気丈に振る舞ってはいるが、明らかに動揺している。
「これだよ」
俺はカーナビの枠外に小さく刻まれている文字を指差した。
「『Blue Moon』。こんなクールな機械を作れるのは、イッチャンくらいのもんじゃあないか」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼は、優秀な洞察力を持っている。
(続く?)
【参考記事】
↓愛殺文
↓御八堂
↓喫茶 花
↓蒼 樹と「Blue Moon」
【ワールドブルー物語】
【「ソーシャリー・ヒットマン」シリーズ】
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