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すべての人に働く幸せを

キーワードは、『障がい者雇用』と『チョーク』。

僕が推したいのは、『日本理化学工業株式会社』という会社だ。

この会社は、学校で使うチョークや、窓にも描いて消せる環境固定マーカー『キットパス』などを製造している。

また、障がい者の雇用に力を入れていることでも有名であり、ホームページによると知的障がい者の社員数が全92名のうち63名(2022年12月現在)ということで、実に7割近くを占めている。

そんな素晴らしい会社と出会ったのは、7年前のことだった。


衝撃の美唄工場

2016年7月、当時とある役場の職員だった僕は、民生委員の研修視察で美唄市(北海道)を訪れた。

その年の4月に異動したばかりで、民生委員の紳士淑女たちに囲まれながら、借りてきた猫のように過ごした記憶がよみがえる。

やってきたのは、チョークを作る工場。

チョークがどのように作られているかは知らなかったし、あまり興味はなかった。

「仕事だから」とやってきたが、1泊2日の研修視察ともなれば、気分はほとんど観光モード。

正直、さっさと終わらせて繁華街に繰り出したいと思っていた。


案内役の常務に連れられて工場に足を踏み入れると、数十人の作業員が一心不乱に働いていた。

材料の重さを量る人、材料をミキサーで練る人、乾燥する前のチョークを適切な長さに切る人、完成したチョークを箱に詰める人。

ただの工場なら、「へぇ~、チョークってこんな感じで作られてるんだ~」程度の感想しか浮かばなかっただろう。

しかし、ここは違った。

作業員のほとんどが知的障がい者だというのだ。


僕は目を疑った。

今、自分の目の前で作業しているのは、長年勤めている健常者だと思ったからだ。

材料の重さ、ミキサーの稼働時間、チョークの長さ、どれをとっても正確そのもの。

特に驚いたのは、完成したチョークを詰めるラインだった。

工程としては「折りたたまれた新品の箱を組み立て、そこに決められた数のチョークを入れる」というものだが、担当作業員は左手だけで一瞬のうちに箱を組み立て、右手だけで流れるようにチョークを詰めていた。

そして、どの作業員も作業がめちゃくちゃ速い。

一つひとつの作業が正確かつ高速なんて、最高の職人ではなかろうか。

このとき、僕は職人たちへの尊敬の気持ちでいっぱいだった。


常務から話を聞いたところ、知的障がい者を雇用するにあたり、いろいろと工夫をしているとのこと。

たとえば、材料の重さを量るライン。

チョークを作るには、原料の炭酸カルシウムのほかに、つなぎの凝固剤を2種類混ぜる必要がある。

しかし、その材料袋は同じ形状なので、印刷されている文字を読んで中身を判別しなければならない。

重さを量る際も、指示書にしたがって、材料ごとに正確に量らなければならない。

ところが、知的障がい者にはこれが難しい。


そこでどうしたかというと、信号機からヒントを得て、色を使った方法を取り入れた。

2種類の材料を袋ごと赤と青に塗った大きな缶にそれぞれ入れ、種類ごとに必要量のおもりを赤色と青色で用意。

そして、担当作業員にはこう伝えてある。

「赤い缶に入った材料を量るときは、赤い色のおもりを秤にのせなさい」
「青い缶に入った材料を量るときは、青い色のおもりを秤にのせなさい」
「秤の針が上にも下にもつかずに真ん中を指し、指を折って5つ数えても針が止まっていたら、材料をおろすように」
「秤のほかのところは、決して動かさないこと」

このようにしたことで、飽きっぽく落ち着きのなかった作業員が、30数ロットを一気にやり終えるまでに至ったそうだ。


僕は膝を打った。

知的障がい者は、できることが少なかったり苦手なことが多かったりする一方で、得意分野ではとてつもない能力を発揮する。

その能力を最大限に生かせる環境にする、つまり理解力に合わせた仕事の方法にすることで、健常者に劣らない戦力となるのだ。


たとえば、ミスが多い人に対して「どうしてできないんだ!」「何度も言っただろう!」と一喝するのは簡単だが、それでは何も解決しない。

そうではなく、「やり方が悪いのかもしれない」「どんな言い方なら理解してもらえるだろうか」と相手の目線で考えることで、Win-Winになれるのだ。

もちろん、一朝一夕で成せることではないが、地道な積み重ねが実を結ぶのだろう。

この考え方は、僕の中に今も強く根付いている。


7年ぶりの本はバイブルだった

すっかり日本理化学工業の虜になった僕は、工場内で販売されていた一冊の本を買った。

それは、当時の会長である大山泰弘氏が著した『日本でいちばん温かい会社』という本である。

この本には、大山氏の半生や障がい者雇用をはじめたきっかけ、大切にしている考え方などが、丁寧にしたためられている。

7年ぶりに改めて読み直したところ、非常に興味深い記述を見つけた。


大山氏が、第7回渋沢栄一賞の授賞式に出席したときのこと。

多くの企業の設立などに携わる一方で、福祉や教育などの社会事業にも尽力した、『日本資本主義の父』こと渋沢栄一。

その精神を今に受け継ぐ企業経営者に贈られるのが、この渋沢栄一賞だ。

大山氏は、なぜこのような名誉ある賞が自分に贈られたのかがわからず、関係者に理由を尋ねた。

すると、このような答えが返ってきたそうだ。

「日本では、一般企業で働けないからと、福祉施設で20~60歳までケアすると、総費用を定員で割って、40年間で1人2億円以上かかるところ、貴社は50年の重度障がい者雇用のなかで、すでに60歳を過ぎるまで勤めた方を5人も卒業させています。それは10億円の国の財政を削減した大きな貢献に相当するからです」

『日本でいちばん温かい会社』(大山泰弘著)より引用

すごい。

あまりのすごさに語彙力が皆無になってしまった。

障がい者雇用が国の財源削減につながっているとは。

そしてこのことが、大山氏の目指す『皆働社会』の実現の方策に寄与することになる。


大山氏によると、「人は働くことによってこそ、ほめられ、人の役に立ち、必要とされるという究極の幸せを手にすることができる」という。

皆働社会というのは「すべての人が、働くことで幸せを感じられる社会」のことで、これが実現すればもっといきいきとした世の中になると、大山氏は確信していた。

その方策は『五方一両得』と呼ばれるもので、そのしくみは次のようなものになる。

 まず、日本で、一般社会で働けないとされる重度の障がい者を20歳から60歳まで福祉施設でケアした場合、1人当たり約2億円の社会保障費がかかると言われています。
 単純に計算すると、1人当たり年間500万円の負担です。
 たとえば、最低賃金分を国が企業に代わって支払う制度をつくれば、最低賃金780円(2015年の全国平均)とした場合、国の支出は1人当たり年間およそ150万円ですむことになります。
 もしこのような制度ができたら、国は、約350万円財政を節約できることになります。
 職人文化を持った中小企業は、障害者に役に立ってもらうことで経営を強化でき、しかも大きな社会貢献ができます。
 ならば中小企業は進んで働く場を提供するはずです。
 障がい者は、年間150万円、月に12~13万円を仕事の出来に関係なくもらえれば、この給料のなかから月6~7万円を支払ってグループホームに入居することができ、地域で自立した生活を送ることができます。
 そうすると、ご両親や兄弟などの家族は、老後が安心で、家族の負担も少なくなります。
 さらに、中小企業の職人文化を活用して障がい者が社会で少しでも役に立って働けるようにすれば、福祉施設の方々の負担も減らすことができます。

『日本でいちばん温かい会社』(大山泰弘著)より引用

つまり、国、企業、障がい者、家族、福祉施設の5者すべてが得をするということだ。

これが実現すれば、どんなに素晴らしい社会になるだろうか。

実現はそう簡単ではないが、可能性は十分にあると思う。


この本は一度読んだはずだが、当時の僕にはあまり響かなかったのだろう。

役場を退職し、障がい者福祉から離れた今になって、感銘を受けている。

7年の時を経て、僕は再び膝を打った。

そして、長い間この本を開かなかったことを後悔した。


すべての人に働く幸せを

改めて、働くことについて考えてみる。

労働は日本人の義務だし、働かなければお金がもらえず、お金がなければ生きていけない。

では、働く義務もなく、働かなくても生活できる状況になったとしたら、人は幸せなのだろうか。

否。

それは、僕自身が感じていたことに似ていたからだ。

ほめられたい、役に立ちたい、必要とされたい。

これらは、障がいの有無にかかわらず、多くの人が持っている感情ではなかろうか。

それが満たされるのなら、働くことの意味も見えてくる。


かつての僕のように、働くことが嫌になっている人は大勢いるだろう。

同様に、労働環境や人間関係が良好であれば働く幸せを感じられるようになる、そんな人も大勢いるだろう。

今一度、自分に合った働き方を見直してみるのもいいかもしれない。


働く幸せの大切さを伝えてくださった大山氏は、残念ながら数年前に逝去されたらしい。

お目にかかり直接話を伺うことは叶わぬ夢となったが、美唄工場での衝撃がなければ今こうして筆を執ることもなかったと思うと、不思議な縁を感じる。

この記事は僕が勝手に書いたわけだが、一人のファンとして、日本理化学工業の取り組みが広まり、すべての人が働く幸せを感じられる社会になることを切に願う。

そんなことを考えていると、お絵かきが大好きな甥に今度キットパスをプレゼントしようかと、ワクワクしている自分に気づいたのであった。


#推したい会社


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