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機能不全家庭とパートナーシップの問題の関わり

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【ツイートはここから】

心が傷つきやすい人は「相手との距離感」に苦しむ。
家庭が機能不全で親との関係が上手くいかなかった人に多い。

相手を心から信頼できず「期待してもどうせ傷つく」と思い込む。
でも一度受け入れられると急激に近づき依存的になる。

幼少期から心を凍らせ、感情を抑圧してきたのが原因です。
大切なのは、「相手は相手」で適度な距離感を取り戻すことです。


【ここまで】



久しぶりにツイートの解説をしていきましょう。

ここ最近はご相談への回答記事が多かったのでしばらくツイート解説をしていませんでしたが、ツイート解説の記事はいつもアクセスが多いので私の中ではもっともっとやっていきたいんですよねー。

でもツイートの解説ばっかりしてると読者のお姉さま方から「はよ質問に答えんかい」「私の相談に回答せんかい」と応援という名の圧をかけられるため(殴られる怖い)、なかなかバランスが難しいところなのであります。



ーー心が傷つきやすい人は「相手との距離感」に苦しむ。
家庭が機能不全で親との関係が上手くいかなかった人に多い。ーー



相手との距離感ね。これはいつも言ってる「親密感への怖れ」というのも含むのですが、相手との距離が極端に近づきすぎてしまい依存的になっちゃったり、「私がこう思ってるんだから相手はこうしてくれるはず」という期待が強くですぎちゃったり(見返りの心理)、最終形態では「心理癒着」と言ってまるで相手を自分と同一視してコントロールしようとするような「距離感のバグ」もあります。


「親密感への怖れ」はこれの極端な逆バージョンですね。

自分の心の醜い部分を見られたり知られたりするのを怖れて相手との心の距離を縮められなかったりですとか、
「しっかりしなきゃ」が強すぎて自分の素の姿をなかなかさらけ出せず付き合い自体は長いのに関係性が全然深まってなかったりですとか、
他人軸が強すぎて「どう見られるか」を過剰に気にしてしまい、ありのままの自分を見せるどころか「ありのままの自分が迷子」になってしまうということなどを指します。

「親密感への怖れ」とは、その文字通り、心の距離が近づいていくのを怖れる心理なのですね。



また、

ーー相手を心から信頼できず「期待してもどうせ傷つく」と思い込む。
でも一度受け入れられると急激に近づき依存的になる。ーー



ツイートでこのように書いたように、「期待してもどうせ傷つく」という心理から親密になることを怖れるケースも非常に多いですね。

この場合は親密感への怖れに「無価値感」という心理がセットで備わってることが多く、「私なんてどうせ幸せになれない」「私はどうせ報われない」というネガティブ感情が大きな障壁となっています。

「期待してもムダ」「私と深く関われる人なんていない」「どうせ傷つくし、傷つけてしまうだけ」「だったら最初からひとりでいた方がいい」という考え方ですね。

このような深層心理が強いと、少しスピ的な表現を使えば「世界は鏡」となりますので、
「相手も近寄ってきてくれない」「相手も自分を開示してくれない」「同様に傷が深い相手が近づいてくることが多い」「相手もまた猜疑心が強くなる」ということになり、ますますパートナーシップ的に親密になっていくことが困難になっていきます。

パートナーシップの負の連鎖と言っても良いでしょう。



そうなると結果的に、いつも浅い短命恋愛で終わってしまったりですとか、身体だけの関係を繰り返してしまったりですとか、
交際ではなくセフレになるように自分から仕向けてしまったりですとか(表面的には「セフレなんて嫌」と言いつつも深層心理上は「セフレのほうが落ち着く」ということですね)、
交際経験の無さにコンプレックスを抱えてしまったりということになります。


短命恋愛だったり、セフレ的な関係を繰り返してしまったり、交際経験がなかったりというのはあくまで「結果的」「表面的」な出来事であって、本質ではないということですね。

そこに深く関わってくる心理こそ「親密感への怖れ」ということなんです。



そしてそこには「家庭の機能不全」が関わっているんですね。



ーー幼少期から心を凍らせ、感情を抑圧してきたのが原因です。
大切なのは、「相手は相手」で適度な距離感を取り戻すことです。ーー



ツイートでは幼少期からの「感情の抑圧」「心の凍結」が親密感への怖れの原因だということを書きました。

「感情の抑圧」に繋がるシチュエーションとはどのようなものでしょうか。

「心の凍結」はどんな心理習慣や親子関係の上に生じてくるのでしょうか…




代表的な例では、「親に認めてもらおうと必死だった」「親からの承認に飢えていた」などの例があるでしょう。

ツイートでは「機能不全家庭」なんて表現をしましたが、そこまでではなくとも、例えばきょうだいが多かったりですとか、両親がともに忙しいなどの関係で子の健全な承認欲求が満たされないまま大人になってしまうというケースはあるあるです。

そういった場合、先ほど書いたような「無価値感」を子は抱えやすくなります。

世界でもっとも距離が近い存在、世界で最も大切な存在である他でもない「親」に認めてもらえなかったのですから、「私には価値がない」「私には存在意義がない」となってしまうのも無理もないことでしょう。

そのような傷をひとたび抱えますと、「私には価値がないのだから、私は好き勝手なことを言ってはいけない」「私には価値がないのだから、私は自由であってはいけない」「私には価値がないのだから、私は常にガマンしなければいけない」という風に、言動や感情を抑圧・凍結するようになり、親密になることへの怖れへと繋がっていきます。

言動・感情が抑圧されっぱなしでは、当然ながら相手との距離を縮めていくのは困難になりますよね。



解決策としては「相手は相手で、適切な距離感を取り戻すこと」という風に書きましたが、実際に親密感への怖れによるパートナーシップの問題を抱えてる方にとっては、これがそう簡単にできることではないということは納得いただけると思います。

そもそも、家庭環境により傷を抱えた人は「自分の価値とは、相手がどう思うかで決まるもの」と無意識的に強く考えている人が多いです。

常に母親からどう見られるかを考えていた、常に父親にどう評価されるかに怯えていた、常にきょうだいとの競争にさらされていた、、、

そんな幼少期からの思考習慣が根強ければ、いわゆる「他人軸」が強化されてしまうのも無理もありません。


他人軸を手放し、「自分は自分、人は人」と考えて、ありのままの自分を受け入れて親密感への怖れを手放し、心を軽くしていくのは一筋縄ではいきません。

ガッツリ自分と向き合っていく必要がありますし、親子関係でどんなモヤモヤを抱えていたか洗い出す必要もありますし、それを癒やしていく必要があるわけなのですね。



親密感への怖れと親子関係につきましてはすでに諸々のワークを解説した記事がいくつもありますので、ぜひそれら記事を参考にしつつ癒やしていって欲しいです。



「相手は相手、自分は自分」と捉えることができるようになれば、親密感への怖れは薄れてきます。

なぜかと言えば、親密感への怖れとは「こんな自分のほんとうの姿を相手に見せるわけにはいかない」という心理だからです。

すなわち、他人軸なんですね。

結局のところ、自己肯定感と自分軸を取り戻していくという毎回恒例の作業こそが、パートナーシップのこじらせを癒やしていくのです。



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