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エスプレッソとイタリア人と中学生の僕

数週間前に通訳として、イタリア人数人がチームで仕事するのを側で観察したときのこと。仕事が煮詰まってきたとき、リーダーが一番若いメンバーにエスプレッソを持ってくるように指示した。カプセルをマシンにセットして、人数分のエスプレッソが出来上がる。それを持ってお互いに小さく乾杯して、エスプレッソをぐいと飲んで仕事に戻る姿が、強く記憶に残っている。

僕がはじめてエスプレッソを飲んだのは5年前の、中学3年生の冬だった。自由が丘にある塾で、同じクラスだった当時高校1年生の先輩と一緒に、授業終わりにスターバックスリザーブに行った。スターバックスリザーブが、普通のスタバよりもお値段が高い高級カフェであることを知らなかった僕は、財布にほとんど現金を入れずに先輩を誘ってしまった。レジに置いてあるメニューを見て値段に驚きながら、動揺しているのを先輩にばれないように必死に隠しながら、一番お手軽なエスプレッソたるものを注文したのだった。

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先輩はココアを頼んで、二人で窓際の席に座った。しばらくすると、店員さんが僕のエスプレッソをトレーに載せて、席まで持ってきてくださった。エスプレッソを飲むのには明らかに童顔だった僕を見て、「エスプレッソは、こちらの炭酸水を都度口に含みながらお楽しみください。」と丁寧に教えてくださった。どうやらエスプレッソというものは、少量を口に入れて味わったあと、炭酸水を飲んで口のなかをリセットするのを繰り返しながら飲むらしい。

恋ごころこそなかったものの、一つ年上なのに大人びた先輩に、お姉ちゃんのような親近感と憧れを抱いていた。一人っ子で、不器用で、中高6年間男子校に通っていた僕が知らない世界をたくさん教えてくれた。文化祭の準備で忙しいとか、彼氏が全然手をつないでくれないとか、女子と遊びまくってる足軽な男子がいるとか、そういう話を僕に聞かせてくれるのが嬉しかった。英語がとてもよくできる先輩だったので、英語が上手になれば僕も先輩みたいになれるのだろうか、というよくわからない推測をして、一生懸命勉強した。それが今は海外大学への扉を開いたのだから、人生なにが起こるのかわからない。

その日をきっかけに、エスプレッソをよく飲むようになった。スタバではコーヒーよりも、エスプレッソのお湯割り(アメリカーノ)のほうが、酸味が少なくて好きである。エスプレッソを飲むとたまに先輩のことを思い出す。あの日頼んだエスプレッソとともに、先輩は僕の知らない世界のことを教えてくれた。あれから5年後、イタリア人が仕事の合間にエスプレッソをぐいぐい飲むのを見て、またひとつ新しい世界のことを知ることができた。ニューヨークに来てからも、エスプレッソは比較的お財布に優しい値段なのでありがたい。そしてそのリーズナブルな値段以上に、エスプレッソを頼むと、自分の知らない世界と出会えるのではないかという期待で、ちょっと心が踊るのである。



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