童話ーあの日のセルフタイマーー
僕には、おじいちゃんもおばあちゃんもいなかった。
だから、学校の友達が、たまにおじいちゃんやおばあちゃんに会いに行った話を聞くと、少し羨ましかった。
僕が物心つく前に、ずっと昔に亡くなってしまったらしい。
「おじいちゃんとおばあちゃんが欲しいのかい?」
僕が古いアルバムを広げていると、アルバムの間から枯れ葉の体をした虫が、ひょっこりと顔を出した。
丸い顔に可愛い黒目がこちらをにっこりと見ていた。
僕は驚いて、持っていたアルバムをバサバサッと落としてしまった。
ぺちゃんこになったかもしれないと思ったが、アルバムをどかしてあげようとは思わなかった。
すると、ひらひらと平らな体でその虫は身軽に隙間から出てきた。
「酷いじゃないか。僕は君におじいちゃんとおばあちゃんをあげようと思ったのに。」
僕は暫く声が出なかったが、虫が特に何もしてこないことを確認して、口を開いた。
「虫が、喋った。」
すると、虫は怒ったように、酷い!と言った。どうやら、彼は虫ではないらしい。
「僕は虫なんかじゃないよ。失礼だな!れっきとした願いを聞き届ける神様の使いの者だよ。」
「君が、神様の使いの者なの?」
どこからどう見ても、枯葉に擬態した虫に見えた。
「僕はアルバムを見ている君を見て、おじいちゃんとおばあちゃんをあげたいと思ったから出てきたんだよ。どうだい?欲しいかい?」
「欲しいかって言われても…。」
僕は驚きと困惑で言葉に詰まった。
神様の使いと名乗るこの虫を、僕はどうしても信じられなかったが、喋る虫なんていないから、多分神様の使いなんだろうと思った。
「僕におじいちゃんやおばあちゃんができたとして、それって本当に僕のおじいちゃんとおばあちゃんなの?」
「君は難しいことを聞くんだなぁ!おじいちゃんとおばあちゃんができたら、それでいいじゃないか!」
「なんてデタラメなんだ。君、本当に神様の使いなの?悪魔じゃないの?」
「なんて失礼なんだ!僕はれっきとした神様の使いなんだぞ!失礼なこと言っていたら、神様からバチが当たるんだぞ!」
神様の使いはプンプンと怒って、アルバムの上で地団駄した。
僕はちょっぴり謝って、神様の使いをまじまじと見た。
「おじいちゃんとおばあちゃんを貰えるって、どういうことなの?」
「そのままの意味さ。ここにおじいちゃんとおばあちゃんを呼ぶんだよ。」
「それって、天国から呼ぶってこと?」
「天国からこの世に呼び戻すんだよ。」
僕は驚いて仰け反った。
「生き返らせるってこと?」
「そう言うことに近いけど、2人の時間だけを巻き戻して、君の時間にくっつけるだけだよ。」
僕はいよいよ分からなくなって、神様の使いが言っていることを何回も繰り返し頭の中で唱えてみた。
時間を巻き戻してくっつけて…やっぱり意味がわからない。
「おじいちゃんやおばあちゃんは、僕のこと分かるかな?」
不意にそんなことをポツリと呟いた。すると、神様の使いは簡単に答えた。
「分からないよ。だって今の君とはお互いに会ったことがないでしょ?」
「ええ!分からないの?それじゃあ僕、なんて言ったらいいの。」
「初めましてがいいんじゃないの?ついでに記念写真でも撮っておきなよ。」
「そんな適当なこと言って、パニックになっちゃうよ!おじいちゃんとおばあちゃんを困らせたくないよ。」
うーん、と神様の使いは悩んだように体をくねらせた。
「人間ってやつは、ほとほと面倒な生き物だね。会えたらそれでいいじゃないか。後のことを考えても、後にならないと分からないことだろうに。」
「そんなこと言われたって、急に会って何をしろって言うのさ。」
僕はアルバムにある白黒の写真を見た。おじいちゃんとおばあちゃんが、見晴らしのいいどこかで記念写真を撮っただろう写真があった。
「僕は、写真でしか2人を知らないから、どんな人かも分からないんだ。2人は僕と会ったこともないから、突然会ったら驚くだろうな。」
「それじゃあ、また会いたくなったら僕を呼んでね。そしたらおじいちゃんとおばあちゃんに会わせてあげるよ。」
そう言い残して、またアルバムの隙間にするすると入っていき、消えてしまった。
僕は慌てて1ページごとめくって探したが、どこにもいなかった。
ただ、枯葉の舞う広い公園でおばあちゃんとおじいちゃんが何か四角い紙を持って写っている写真があった。
白黒でよく見えなかったけど、後から虫眼鏡で見たとき、僕はあっと声を上げた。
四角い紙は一枚の写真で、赤ちゃんのころの寝ている僕と、それを指差して微笑んでいるおじいちゃんと一緒に笑顔で写っているおばあちゃんだった。
2人とも白黒の写真と同じ顔をしている。
2人も神様の使いに誘われて、僕とこっそり記念写真を撮っていたのだ。
今の僕と会ったら、2人はどんな顔をするだろうか?
あの虫のような神様の使いのことを話したら、もしかしたらこんな顔をして笑ってくれるのかもしれない。
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