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大人になれない僕たちは 第5話カーテンコールに憧れて

 相方のマサジが骨折した。そう聞かされたのは、ちょうど今から2時間前のことだ。ピンの仕事を増やすのはやめよう、そう話す前に最悪なことが起きた。マネージャーにも電話は繋がらない。俺はとりあえず、ラジオの収録を終えると、電車に飛び乗った。

 大事な時期にケガをしやがって。俺は、心配よりも先に怒りがこみ上げていた。マサジに連絡をしようとスマホを手に取る。メッセージを読み返すと、まともにやり取りしたのは、もう3ヶ月も前だ。

 養成所で出会った時には、互いに別の相方がいた。解散が同時期だっただけ。ただそれだけで、コンビを組むことにした。今年は結成してから10年、節目の年になる。ネタを書くのは俺で、アレンジを加えるのはマサジ。それなりに期待されてデビューした俺らだったが、取ると予想されたコンテストは、ことごとく結果を残せなかった。いつしか、少しずつ二人の関係はギクシャクして、コンテストが終わると、決まってケンカをした。

「お前、才能ないんじゃねぇか」

 ある日、責任の押し付け合いを打ち切るように、マサジが言った。本気ではないことくらいは、わかっている。でも、マサジに言われたこの一言が、どうしても許せなかった。

「じゃあ、ピンでやってみろよ」 

 売り言葉に買い言葉。それがきっかけで、俺たちはピンの活動に力をいれた。マサジはバラエティーで、俺はラジオとシナリオ。悔しいことに、コンビよりピンでの活動の方が、互いにはまり、周りに認知されていった。

 カーテンコール、小さい時にみた舞台が忘れられず、俺もいつかはあんな世界を見てみたい、そう思った。10代から音楽、演技、ダンス、手当たり次第に手を出した。結局、どれも思うようにはいかず、今度こそはと、お笑いの世界に飛び込んだ。
 この世界も甘くはない。結果が出せずに年齢だけを重ねていく現実に、焦りがあった。こだわりすぎた俺は、いつしか、マサジを活かすことができなくなっていた。テレビに映るあいつは、とてもイキイキしている。これでいいのか。俺は、自問自答を繰り返していた。

「もしもし?あいつのケガ、どうなの」

 ようやくかかってきた電話。マネージャーは、幸い骨折ではなく、全治2週間だと言った。ホッと胸を撫で下ろす。

「あ、10周年の記念ライブ、なんとかやれそうですよ」

 マネージャーが、会場を押さえたと自慢気に言った。

「でも、あいつどうするかな」

「何言ってるんですか。マサジさん、ネタまで書いてるんですよ」

「あいつが?」

「そうですよ。タクヤさんに捨てられるのが怖いって」

「え?でも、あいつ、ピンの仕事やりたいって」

「何言ってるんですか。マサジさん、あいつには好きなことをさせたい、きっと今はその時期だからって。いつかそれがいい形になって戻ってくるから、それまでコンビ名は俺が守るんだって。だから、ピンのどんな仕事でも入れてくれって言ってたんですよ」

 マサジらしい。あいつは、大事なことほど絶対に俺には言わない。ピンの仕事をやめて漫才をもう一度やろう、俺はマサジにそう言おうと思っていた。節目の年だとか悔しくないのかとか、理由をつけて。でも、それは違って、俺がマサジに捨てられるのが怖かったからだ。
 
 養成所で初めてマサジの笑いをみた時、こいつとなら、あの世界が見れるかもしれない、そう思った。マサジには口が裂けても言えないが、結成を持ちかけられた時、チャンスだと思った。解散の一言を、決して言い出さなかったのは、俺がマサジの一番のファンだからだ。
 
 マサジと初めて立った舞台。小さな会場は半分しか埋まらなかった。漫才を終えた時、会場からは、笑い声と拍手が響いた。俺とマサジは、舞台上で嬉しさのあまり震えていた。

 マサジと一緒にもう一度、あの場所へ帰ろう。俺は、バックからノートを取り出した。次のネタは、傑作だと言わせてみせる。このノートを見せたら、マサジは、どんな反応をするだろうか。電車が止まると、俺は駆け出していた。

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