青と赤(恋模様2年1組#13)
出席番号9番 佐野 ユウリ
私たちにはルールがある。教室では絶対に会話をしない。どちらかが決めたわけではない。隣に住むことも、同じバスに乗ることも、きっと周りは誰も知らないだろう。私とユウマは、住む世界が違うのだから。
中学2年の時、ユウマに彼女と呼べる人が出来た。私はその時から、みんなの前でユウマと呼ぶことをしなくなった。彼女は1つ年上の先輩で、ユウマと同じサッカー部のマネージャーだった。綺麗で、手足も長くて細くて、髪もサラサラで、私とは全く違う。みんなが憧れるような人だった。
ユウマはその頃から、少しだけ早く家を出るようになった。先輩と待ち合わせしているらしい。私は、その姿を見ないように、もっと早く家を出るようになった。付き合いは、先輩が卒業するまでしばらく続いて、それからまた、一つ年下の彼女を作った。たまにばったり、顔を合わせることもあったが、ユウマは、気まずそうにするだけで、特に何かを言うわけではなかった。
同じ高校を受験すると母から聞いた時、私は、少し複雑だった。
高校に入学して、クラスが違うことに少しホッとした。廊下から見えるユウマは、いつも笑顔で、クラスの中心にいた。あんなに一生懸命だったサッカーを辞めたのは何故だろう。今のユウマは、ふらふらと違う楽しみを見つけたように見えた。
2年生の春、同じクラスになった。クラス発表を見つめる私は、ユウマと目があった。戸惑いもあり、私はすぐに視線を逸らしてしまった。
次の日、珍しく寝坊して一本遅いバスに乗った。出発しそうになるバスに飛び乗ると、ほぼ満席で、空いているのはユウマの隣しかないように見えた。迷っている私に、ユウマは立ち上がって席を譲ってくれた。
音楽を聴きながら、つり革を握るユウマは何も言わない。私も、平然を装い、ノートを取り出して勉強するふりをした。いつも通り、たった30分ほどの時間だ。私は、高鳴る胸を押さえながら英単語に視線を落とした。全く頭に入らない。慌てて筆記具を取り出そうとカバンを開くと、机の上にペンケースごと置き忘れてしまったことに気がついた。
すると、ユウマは、私の前に青いシャーペンを差し出した。私は、何も言わずそれを受け取った。その日は、1日、ユウマのペンと一緒に授業を受けた。
次の日、私はまた、同じ時間のバスに乗った。ペンを返そうと思ったからだ。辺りを見渡すとユウマはいない。ドアが閉まろうとして、ユウマが乗り込んでくるのが見えた。
バスが発車すると、ユウマは私の席の横で、昨日と同じようにつり革を握る。暫くして、私は筆記具の中から、青いシャーペンを取り出した。
「ありがとう」
久しぶりにユウマに話しかけた。
「これ返すね」
「それ、やるよ」
「でも、悪いから」
「じゃ、それちょうだい」
ユウマは、筆記具の中から、赤いシャーペンを取り出した。ほんの少しのやり取りに、鼓動は速くなる。バスを降りると、私は少し距離を置いて坂道を歩く。教室に入ると、皆がユウマに声をかけた。その後ろを私は、そっと通りすぎた。
授業中、私の手には青い、ユウマの手には、赤いシャーペンがあった。
次の日も、私は通学のバスを一本早めることにした。30分だけは、誰も知らない私たちの時間だ。
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