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空を見上げて
7月7日。天の川を見たい、そんなありきたりな理由で選ぶ自分は、どこか新鮮だった。友人からの誘いをあっさり断った僕は、一人、キャンプ場にいた。考えることは皆同じで、家族連れやカップルで広場は満杯だった。少し奥まったところに、特等席がある。僕は、キャンプ上級者のような顔をして、広場を横切ることにした。
「久しぶりだな」
野太い声が後ろから聞こえる。振り返ると、源さんが大きな手のひらをあげていた。俺も、すぐに手をあげてハイタッチをした。源さんの手は分厚く、力強さが伝わってくる。
「お前もロマンチックなところもあるんだな」
「どちらかというと、俺は源さんに会いにきたんですよ」
源さんは、嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。源さんと出会ったのは1年前、友人たちと初めてキャンプをした時だ。キャンプ初心者だった僕は、軽装で友人たちと酒を飲み、悪ふざけをしていた。その日は、予報よりも風が強く感じた。途中からは、雨がふり、飛ばされそうになったテントを前におろおろする僕達を見かねて源さんが手を貸してくれたのだ。どうにか雨が止み、緊張感が切れた僕らに源さんは厳しい顔をして、自然を舐めると痛い目をみるぞ、と静かに諭してくれた。
「今日、晴れるっすかね」
「どうだろうなぁ」
源さんは空を見上げる。空には雲が少しだけかかっていた。朝から確認した天気予報では、運がよければ晴れ間が見えると言っていた。
「まぁ、天任せってことで。よし、準備できたら一杯やるか」
「いいっすね」
源さんに合図を送ると、テントを取り出し、すぐに準備に取り掛かる。あの頃よりも、テントを組み立てる時間は半分になった。
「まさかお前が一人キャンプにはまるとはな」
源さんとは月に一回程度、顔を合わせるほどになった。バイトで貯めた金で少しずつ道具を揃えたり、源さんのお古をもらったりして、僕はいつの間にか一人キャンプが趣味になろうとしていた。
「さ、早くしろよ。暗くなる前に。いい肉、もってきたぞ」
テントの準備を終え、夜空を見つめると、まだ星は見えない。僕は息をつく。源さんは、鼻歌を歌いながら、分厚い肉がもうすぐ焼けるぞ、と笑った。
現実逃避。僕は考えることから逃げ、ここにいる。大学生活を楽しんで、それなりに充実している。どこか物足りなさを感じているのは、多分、それなりにしか生きていないからだろう。
一緒に住む祖母が認知症だとわかった時、自分はどこか、人の最後はこんなものなのかと、冷めていた。おばあちゃん子だった姉は、涙を流して現実を受け止められずにいるのに、自分はどこか他人事だ。僕は、いつも楽な方に逃げている。
「肉焼けたぞ」
大きな手で手招きをする源さんは、とても人間らしい人だ。源さんと会うと、僕の足りない何かが満たされるようだった。
「どうした?そんな顔して。星が見えないのがそんなに残念か」
「あ、いや」
言葉に詰まると、源さんは、温かいうちに食べな、と皿を手渡してくれた。
「お!星がでてきたぞ」
空を見上げる。ゆっくりと風に揺られながら厚い雲が流れていく。しばらくすると、微かに、天の川が現れはじめた。
「人って、なんなんすかね」
「干渉に浸ってどうしたんだよ?」
源さんは、茶化すように笑みを浮かべた。
「悩んだところで、何も変わらねぇよ。全ては天任せ。それくらいの方が気楽に生きられる」
源さんが、空を指差す。いつの間にか、夜空には雲が消えていた。
「織姫も彦星も、この1日のために生きてんだろ。辛くもありが、それがあるから生きていられる。自分でどうこう出来ることだけしかない世界だったら、多分、それはそれでつまらないんじゃねぇか。流されるまま、生きることだって悪くない」
源さんから、今の僕も悪くない、そう背中を押されたような気がした。夜空には、天の川が煌めいている。僕は、涙をぬぐいながら、静かに頷いた。
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