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短編小説

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#純文学

鳩の怪談

鳩の怪談

(三十歳頃作)

 カズオは節句人形の配達から帰ったとき、店の前で一羽のハトをひき殺した。 ハトの頭はもういく日も前からぺしゃんこになっているみたいに干からびて見えた。カズオは先に用事をすますためにすぐにそこを離れた。
 店頭で客の子供の相手をしていたアルバイト店員のジュンは、子供の手をきつくにぎりながら死骸のほうへおそるおそる近づき、

「どうして」
 と、ぽつりと言った。

「ぼおっとしてたん

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きりぎし(短編小説)4/4

きりぎし(短編小説)4/4

(昭和世代 或る夏の夜の夢)

 長く生々しい無気味な夢からやっと私は逃れ出た。

 我に返ると、川沿いの停留場のベンチへ横になっていた。空も晴れ上がっているし、バスを待つらしい数人の男女も、なごやかな談笑の最中で、そこには田舎特有の大らかな空気が醸されていた。妙齢の女性もいたが、おかまいなしに、私は泥まみれの衣服を着替えると、出発する準備にとりかかった。準備といっても、荷をくくり、ジュースを買っ

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(短編小説) きりぎし 【統合・改稿版】

(短編小説) きりぎし 【統合・改稿版】


(昭和時代 或る夏の夜の夢)

1 おろかな宵

 ごく簡単に、すすめよう。

 去年の夏といえば、梅雨に雨が降らなかったり、と思ったらまた、大雨にもなったりの、へんてこな夏であったが、これは、その時分の話である。(と、男は数十年前、筆者に語り出した。)

 私は六月に学校を放り出されていたくせに、学生だといつわって、一カ月ほどアルバイトをした。奇矯な精神の時期でもあって、仕事のことなどまるきり

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