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祖父への失敗を繰り返すまいと、わたしは祖母に会いに行く。

#あの失敗があったから
このハッシュタグで真っ先に思い出したのは、
祖父の願いを叶えられなかったことでした。

テーマに沿って書くのいいかもしれない。

▶︎わたしの祖父は

無口な人であった、というのが第一。
笑った顔の印象はなくって、だいたいが真顔。
笑わない代わりに怒ることもなく、黙ってこちらを見つめる目はなんとなく覚えている。

小さい頃、わたしは男性が苦手で、叔父だろうが祖父だろうが目が合うだけで泣き喚いていたと聞いています。
他の孫たちと比べて10歳以上離れた孫、加えて男家系のなかの女の子。
祖父からすればさぞかし可愛かったのでしょうが、わたしが泣いてしまうため、祖父は顔を見せないようにわたしを抱いていたそうです。


▶︎お決まりの握手

祖父の定位置は、床の間の炬燵の隣でした。
そこで寝起きして、ご飯を食べて、トイレに行くときだけ歩いて、また横になる。

床の間の隣はダイニングなので、
みんなそこで喋っているのだけど、
祖父が話に入ってきた記憶はありません。

祖父母の家に遊びに行っても祖父とはほぼ喋らず、帰るときに一言、また来るねとだけ伝えて握手をする。

物心がついた頃の祖父との思い出は、
毎週の握手と、たまにこっそり渡してくれる
お小遣いだけでした。


▶︎時が流れいつしか祖父は

90歳を迎え、寝たきりになりました。
ゴザを引いて万年炬燵で寝ていた祖父が、介護用ベッドに移り住み、ただでさえ少なかった言葉数はさらに少なくなりました。

大きかった背中はどんどん細くなって、
大好きだった金箔入りのお酒は呑まなくなって、
飲み込みやすいそうめんのお汁などを好むようになりました。

ほとんどを寝て過ごしていた祖父ですが、
祖母が食事を持って隣に座ると
必ず目を開けて、じっ、と祖母を見ていました。

わたしはそれを、遠くのダイニングから携帯をいじって眺めていました。



▶︎祖父を忘れて

さらに時は過ぎ、わたしは専門学校へ進学して。
慌ただしい日々、休みの日はとにかく眠っていたくて、祖父母の家から遠ざかっていました。

毎週遊びに行っていたのが、いつしか1週、2週、気付けば1ヶ月会っていない、なんてこともありました。

そのときも、たぶん1ヶ月以上行っていなかったと思う。

母は毎週欠かさずに、祖父の介護のために通い続けていました。
母から聞く話はほとんどが祖母のことでしたが、その日だけは祖父の話でした。

急にね、じいじが、りすこは?って。

祖父の声なんて長らく聞いていなかったので、
まだ喋れたんだ、なんて思っていました。
わたしのこと覚えてたんだ、とも。

気がつけばもうだいぶ顔を見ていませんでした。
さらに無口になった祖父、最近は握手もせず帰っていたので、声をかけることも、顔を見ることもしていなかったのです。


▶︎忘れられないメール

祖父がわたしの名前を呼んで、4日後。
学校でテストを受けて、疲れ切って携帯を開くと、母から2件、続けてメールが入っていました。

30分くらい前に、1件。

じいじが危ないみたい

2件目は、たった5分前。

じいじ、亡くなった

たった1行の文面が身体に染み込んでくるのと同時に、誰もいない教室に駆け込んで、
カーテンに巻かれて、外を見ているふりをして、
声を殺して、ひたすらに泣き続けました。

長らく聞いていなかったはずの祖父の声で、
りすこは?
という一言だけが、ずっと響いていました。



▶︎久しぶりの祖父

学校から祖父母の家まではもう記憶がありません。

やっと正面から見た祖父は、
思ったより苦しそうな顔はしていなくて、
記憶の中よりかなり痩せていました。

老衰、祖母に手を握られて、家で看取られた。

とんでもなく、間違いなく、
幸せな最期だったでしょう。

ただ、わたしに会いたい、という
最後に絞り出した願いだけは
叶わないままで終わってしまったのです。



ほとんど言葉を発しなかった祖父。
言葉にするほど会いたかったはずなのに。
ちゃんと覚えていてくれたのに。

前に声をかけたとき、
動きにくいはずの身体をわずかに起こして、
変わらず手を差し出してくれていたのを
わたしは見ていたはずなのに。

わたしが怖くないように、
顔を見ないようにして抱き上げてくれた優しさを
わたしは知っていたはずなのに。

このとき感じた後悔を
わたしは一生忘れないでしょう。



▶︎祖父との約束

あれよあれよとお通夜が始まり、お葬式へ。

みんなで棺を囲ってお別れをしました。
はじめて、祖母が泣いているのを見ました。

わたしははじめて、祖父に手紙を書きました。
細かい文章は、まあ忘れましたが。
ひとつだけ、わたしは祖父に約束をしました。

じいじが大切にしたばあばに
同じ行いは決してしない。


祖父に出来なかったことを、
祖母にだけは繰り返さない。

そうしたってわたしが祖父の願いを
叶えられなかった事実は消えないけれど、
祖父が大切にしていた祖母に、
絶対に同じ言葉は言わせないと。



▶︎あの失敗があったから

この話は今からもう10年近く前の話です。

祖母は今年の5月に99歳になり、
祖父と同じ介護用ベッドで過ごしています。

祖父がいなくなってから、
急激に認知症が進みました。

幻覚が見えているし、
大声を出してヨーグルトを投げ、
わたしのことは叔父の名前で呼びます。
せめて叔母であれと何度も願いましたが、叶ったためしはありません。

前までは、ほんとうにたまに、
わたしを思い出すこともあったけれど、
今はもう完璧に忘れているようです。

きっと、わたしが来なくなっても、
祖母がわたしの名前を呼ぶことはない。


でもあの失敗があったから、
2度と名前を呼んでもらえなくても、
2度と孫として見てもらえなくても、
わたしの行動は変わりません。

祖父に誓った約束を守るために。
あの失敗を繰り返さないために。
毎週日曜、今日もわたしは祖母に会いに行くのです。

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