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なぜ年寄りの話を若者が聞くとイライラするのか

なぜ年寄りの話を若者が聞くとイライラするのか少し考えてみました。自分は職場70代~90代のおばちゃんの昔話を聞かざる負えないのですが、正直最初は聞いていてもいいなと思いましたが、若者と比べる話になるとどうしてもムカついてしまいます。その原因とはどのようなものでしょうか?


1.世代間の対立感

お年寄りが自分の時代を持ち上げ、今の若者を批判することで、若者は自分たちが否定されていると感じることがよくよくあります。高度経済成長と呼ばれた時代を生きてきた世代から見ると若者は弱弱しく、とくに育児に関して手厚いからの補助が出ているのにもかかわらず、生活が苦しいということが情けないというのです。これにより、世代間の対立感が生まれ、嫌悪感が増します。

2.価値観の違い

各世代は異なる時代背景や社会環境の中で育っています。そのため、価値観や生活スタイルが異なることは自然なことです。昔はスマホがなかった、好きな時にお菓子が食べられなかった。テレビもなかった私らは頑張って全部手に入れてきたんだ。という世代に対して生まれた時から豊かな生活をしている若者とは価値観の違いがあるのは当たり前です。しかし、お年寄りが自分の価値観を押し付けるように感じられると、若者はそれに反発を覚えることがあります。

3.経験の共有不足

昔の話は今の若者にとって直接的な経験ではなく、共感しづらいことがあります。特に大東亜戦争の防空壕に潜った話。空襲を受けた話などの戦争話やバブルの時代の恩恵を受けてきたこんなに豊かだったんだぜというお話。sかしながら実際に実感を伴う直接的な経験ではないため、自分にとって意味のない話題として捉えがちです。よく言われるのはお年寄りが自分から自分の体験談を話し出すのですが、後から考えて「経験したもんでなきゃわからん」と結論を出すことがあります。自分から話しているのに後から考えてあんたに話してもわからんというならば若者からすれば最初から話しかけるなという気持ちになってもおかしくはないでしょう。

4.変化に対する抵抗

世代間での比較がしばしば変化への抵抗や否定的な見方として表れることがあります。特に近年の情報技術の発達は著しくインターネットという不可思議なものに対して未知の怖さを覚えている老人も多くいらっしゃいます。インターネットは怖い=インターネットでやってることはダメ。そう思っている老人もとても多いです。もちろん理解のある老人もいることは記述しなければなりませんが、自分の職場にいる老人はインターネットは流行りのもので流行っているものは廃れる。もうそろそろ飽きるんじゃない?インターネット。と言っています。若者は変化を受け入れ、適応しようとする一方で、過去に固執する話はその進化を阻害するものと感じることがあります。日本においても老害かしないことが重要かと思われます。

5.ネガティブな感情の引き金

昔話や比較が過去の栄光や現代の問題を強調することで、若者にネガティブな感情を引き起こすことがあります。過去自分がが若かった時のことを美化するのが人間です。どれだけ醜いことをしてきていても忘れます。都合の悪いことは忘れて、都合の良い真実に書き換えられた脳みそは思い出を美化します。美化された話は何度も何度も同じ話を繰り返すようになります。同じ話を聞かされる立場としてはまたか。という感情になってもこちらもおかしくないと思います。

6.自己主張の不足

若者が自分たちの意見や感情を表現する機会が少ない場合、お年寄りの一方的な話に対する不満が溜まりやすくなります。これが嫌悪感として表れることがあります。若者は教育を受けています。どんな教育かといえば「年上は敬え」という文化です。学校教育においても1個の生まれ年に違いにおいて先輩後輩というラベリングが張られます。若者は年寄りに遠慮して気を使って話を聞いています。若者と年寄りは対等ではない。年寄りを敬うあまり自己主張をする機会が持てずに若者からの主張は不足気味であると感じています。割とまじめな話ですが、日本においては年寄りの話をまったく聞かないで若者が自己主張できる風潮を作れば経済的にもよくなると考えています。

以上、これらの理由から、お年寄りの昔話と今の若者を比べる話が嫌になる理由とされます。世代間でもっと理解が進めば世代間の嫌悪感は解消されると思いますが、その可能性は正直薄いように思います。新たな価値観を入れるということは老人、若者どちらも簡単ではありません。22世紀に期待しましょう。

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