08 思春期・春・夏・秋・冬
ぎっこんばったん。これは、シーソーの音。誰が始めに言い始めたんだろう。僕の耳にはぎっこんばったんなんて聞こえたことはないのに。
ぎい、ぎい、ぎい。それが僕に聞こえるシーソーの音。ぎっこんもばったんもどこにもいないのだ。僕の向かいでシーソーに座るのはマリコちゃん。黄色いカチューシャがよく似合う女の子だ。
二十分のお昼休みは無限大。どんな遊びもできちゃう魔法の時間だ。鬼ごっこ、かくれんぼ、だるまさんが転んだ、ヒーローごっこ、ジャングルジム……。教室でお絵かきしている女子達はもったいない。こんなに休みが長いのにどうして外で遊ばないんだろう。疑問で仕方が無かった。
そんな僕はマリコちゃんとシーソーをしている。いつもは友達と鬼ごっこをするんだけれど、普段ちょっとだけ仲の良いマリコちゃんが一緒に遊ぼうと誘ってくれたから。マリコちゃん不思議な女の子だ。目はぱっちりしていて、人形みたい。唇もぷるぷるで、色つきリップを塗っているらしい。服もいつもシワ一つ無くて、しまむらには絶対売っていないような服ばかり。とにかくマリコちゃんは他の女子とはちょっと違う子だった。僕は仲いいけれど、たまに心臓がドキドキする。多分、まだまだ夏だからだ。
気まぐれなマリコちゃんが遊びに誘ってくれるなんて。僕は一つ返事で了承して、今に至る。僕とマリコちゃん二人だけでシーソーをしているのだ。
「ねえ、マリコちゃん。これ面白い?」
「面白くないの?」
しばらくぎい、ぎいと上下に揺れてからとうとう僕が口を開いた。会話もとくにない。ただ、暑い炎天下の中でぎい、ぎい、ぎい。気に入らない先生の話、好きな授業、給食のメニュー。何でも良かった。マリコちゃんと話がしたい。
マリコちゃんはいたずらっぽく笑って、首を傾ける。お人形みたいな目が三日月になって僕を見る。きゅう、心臓を掴まれたみたいだ。暑さ以外にも原因があるのかな。
「お、面白いよ! けど、マリコちゃんはつまんないかなって」
何の話もせずにシーソーするなんて、面白くない。僕はそう思ったから。どうせだったらマリコちゃんと楽しいことがしたい。
「わたしは一緒にいるだけで楽しいけどね」
五分前のチャイムが丁度鳴った。マリコちゃんの言葉に被さるように鳴ったそれがやけに耳の中で反響した。
「ねえ、待って。それって」
「教室戻らなきゃ! 遅刻になっちゃうよ!」
昇降口に一目散に駆けていったマリコちゃんはもう僕の方を一度も振り返らなかった。びゅうと吹く風。短いスカートが跳ねてパンツが見える。
今まではなんとも思わなかったのに、どうしてかその光景が焼き付いてしまう。母ちゃんのパンツが頭の中に浮かぶ。全然違う、レースの……。
「なにしてるんだよ!」
ばしんと背中を叩いてきたのは僕の友達。鬼ごっこをするはずだった、友達の一人。ぶるぶる首を振ってさっきまでのイメージを頭から追い出す。
「なんでもない!」
そう言って一緒に昇降口へ向かう。マリコちゃんの姿はもうどこにもなかった。
シーソー。マリコちゃん。「わたしは一緒にいるだけで楽しいけどね」パンツ。マリコちゃん。
ぐるぐると頭の中をマラソンして、全部がぶつかって真っ白になる。
授業も悶々と過ごして家に帰ったら母ちゃんに「あんた、恋でもしてんの」って言われた。
恋ってなんだよ。僕はもうマリコちゃんを忘れられそうになかった。
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